アカデミー賞の行方は?作品賞候補はコレだ!
今週のクローズアップ
日本映画として初めて作品賞にノミネートされた『ドライブ・マイ・カー』の受賞の行方が注目される今年のアカデミー賞。作品賞候補になった10作品は、テーマやジャンルも多彩な秀作ぞろい。日本時間3月28日の授賞式を前に、10作品それぞれの魅力を振り返ってみた。(編集部・石井百合子)
『ベルファスト』(3月25日公開)
アカデミー賞前哨戦の始まりとされるトロント国際映画祭で観客賞(最高賞)を受賞した『ベルファスト』は、監督・主演作『ナイル殺人事件』も話題のケネス・ブラナー監督の自伝的作品。監督の幼少期を投影した9歳の少年バディを通し、プロテスタントの暴徒がカトリック住民を攻撃した北アイルランド・ベルファストの混乱をモノクロ映像で描く。家族を守るべく移住を提案する父、「人生のすべてがある」故郷を離れたくない母。切実な葛藤が続く一方で、キアラン・ハインズ&ジュディ・デンチの名優コンビが織りなす祖父と祖母の掛け合いや、恋に悩み映画を愛するバディ少年の純粋さにほっこり。アカデミー賞ではハインズ&デンチ2人そろって助演賞にノミネートされたほか、監督賞、脚本賞、主題歌賞、音響賞の候補に。
★ここがスゴい!
祖父の言葉を中心に、現在の世界情勢を鑑みるとなおさら響く名言がギッシリ詰まっている。「サイドはない」「長すぎる犠牲は心を石に変える」「答えが一つなら戦争など起きない」など。とりわけ、バディ少年のある問いかけに対する父の言葉は全世界の人々に知ってほしい。
『コーダ あいのうた』(公開中)
タイトルの「コーダ」とは、ろう者の親を持つ健聴者の意。マサチューセッツ州の海辺の町を舞台に、両親と兄の4人家族の中で一人だけ耳が聞こえる高校生ルビー(エミリア・ジョーンズ)の試練、夢に向かうさまを描く『コーダ あいのうた』では、ルビーの家族を演じるキャストは設定の通り聴覚に障害のある俳優たち。全米映画俳優組合賞でキャスト賞(最高賞)を受賞したほか、父フランクを演じたトロイ・コッツァーが英国アカデミー賞など多くの助演男優賞を受賞。アカデミー賞では助演男優賞、脚本賞にもノミネート。2014年のフランス映画『エール!』のリメイクで、アップル・スタジオが世界配給権をサンダンス映画祭史上最高額で落札した。
★ここがスゴい!
家族の中で唯一耳が聞こえる主人公ルビーの苦悩。通訳として家業である漁業も手伝ってきた彼女には自分の時間がなく、歌の才能が開花しても家族に理解されない。娘の苦悩に触れながらも手放すことができない両親、家族のために人生を犠牲にしようとしている妹に怒りを募らせる兄。それぞれの思いが丁寧に描かれている。
『ドント・ルック・アップ』(配信中)
巨大彗星の地球衝突による地球滅亡の危機を巡る人間模様をシニカルに見つめたブラックコメディー『ドント・ルック・アップ』。未曽有の危機が迫っているにもかかわらず、国、メディア、企業などそれぞれの思惑が絡み合い、もはや人命よりも利益を重視する“異常事態”は圧倒的なリアリティー。レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス、メリル・ストリープ、ケイト・ブランシェットらありえない顔ぶれのオスカー俳優が集結。監督は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』『バイス』などでオスカーにノミネートされたアダム・マッケイ。ほか脚本賞、作曲賞、編集賞にもノミネート。
★ここがスゴい!
人類がたどる結末を描く、恐ろしくも切ない余韻を残すクライマックス。メリル・ストリープが演じるオルレアン大統領は、某国の元大統領を彷彿とさせる強烈なキャラクター。徹頭徹尾、危険人物として描かれ、「よくこの役を引き受けたな」とドン引きするほどの怪演ぶり。
『ドライブ・マイ・カー』(公開中)
日本映画として初の作品賞ノミネートの快挙を成し遂げた『ドライブ・マイ・カー』。監督の濱口竜介は日本人では黒澤明以来36年ぶりの監督賞ノミネートに加え、大江崇允と共に日本人として初となる脚色賞にもノミネートされているが、短編小説を約3時間の長編映画にするにあたってのアイデアが見事。「ドライブ・マイ・カー」と同じく短編集「女のいない男たち」所収の「シェエラザード」「木野」も一部取り入れ、また主人公・家福(西島秀俊)を揺さぶるキーパーソンの俳優・高槻(岡田将生)の苦悩をより掘り下げている。アカデミー賞の前哨戦とされる賞レースではニューヨーク映画批評家協会賞、ボストン映画批評家協会賞、全米映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞などで作品賞を受賞。アカデミー賞では国際長編映画賞にもノミネートされている。
★ここがスゴい!
映画オリジナルのラストシーン。「ドライブ・マイ・カー」と同じ短編集に収められている「木野」からとったセリフが、主人公・家福の終着点を示すものとして絶大な効果を生んでいる。主演の西島秀俊、ヒロイン役の三浦透子はもちろん、悩める俳優・高槻を演じた岡田将生は、本作がキャリアの集大成とも言うべき名演。とりわけ車中の長回しのシーンは鳥肌モノ!
『DUNE/デューン 砂の惑星』(配信中)
デヴィッド・リンチ監督による1984年の映画などたびたび映像化されたフランク・ハーバートのSF小説を、『ブレードランナー 2049』(2017)のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督とポール・ランバートの視覚効果監修で映画化した『DUNE/デューン 砂の惑星』。ティモシー・シャラメ、オスカー・アイザック、チャン・チェン、ハビエル・バルデムら多国籍キャストのアンサンブルはもちろん、物語の舞台である砂の惑星の世界観、映像美が圧巻。撮影は、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』などのグレイグ・フレイザー。10代のときに原作を読み魅了されたというヴィルヌーヴ監督はストーリーの魅力を「植民地主義によって引き起こされた影響や混沌を探ることは20世紀をよく映し出していたし、それは現代にも通じるものがある。そのなかに、自分のアイデンティティを見いだしていく様子がすばらしかった」と語っている(劇場パンフレットより抜粋)。ほか作曲賞、脚色賞、撮影賞、視覚効果賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、編集賞、音響賞にもノミネート。
★ここがスゴい!
対立するハルコンネン家、アトレイデス家、数千年にわたって政治の陰で暗躍する魔女たち、砂の惑星の自由の民フレメンなど、絡み合う勢力、組織の不思議なキャラクター。登場人物が多い中、主人公ポール(シャラメ)の“力”を試す読心師のガイウスを演じるシャーロット・ランプリングや、7時間かけて特殊メイクを施した男爵役のステラン・スカルスガルドなど名優ぞろいで、誰一人埋もれない強烈な存在感を放っている。
『ドリームプラン』(公開中)
『ALI アリ』『幸せのちから』に続いて、アカデミー賞で3度目の主演男優賞にノミネートされたウィル・スミスが初受賞濃厚と言われる『ドリームプラン』。ウィルが演じるのは、グランドスラム30回制覇、オリンピック金メダル5個獲得の戦績を誇るテニス姉妹、ビーナス&セリーナ・ウィリアムズを育てた伝説のパパ、リチャード。姉ビーナスの背中を追いかける妹セリーナの葛藤も丁寧に描かれている。選手やコーチ、ジャーナリストなど実在のキャラクターが多数登場し、「ウォーキング・デッド」のシェーン役などで知られるジョン・バーンサルがリチャードに振り回されるコーチ役でイイ味を出している。ほか脚本賞、編集賞、助演女優賞、歌曲賞にもノミネート。
★ここがスゴい!
リチャードの型破りな父親像。ジュニア大会で連勝を重ねる姉妹がスター街道まっしぐらと思いきや、物語は意外な展開へ。リチャードはスポーツエージェントから持ち掛けられた契約を断り、フロリダに移住し本腰を入れたかと思えばプロへの転向には慎重。姉妹が焦りを募らせ、世間から批判を浴びても動じないリチャードの思惑から目が離せない。
『リコリス・ピザ』(7月1日公開)
『リコリス・ピザ』ではポール・トーマス・アンダーソン監督が、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『ファントム・スレッド』に続いてアカデミー賞監督賞3度目のノミネート。1970年代の米サンフェルナンド・バレーを舞台に、20代後半の写真技師アシスタント・アラナと高校生ゲイリーの恋を描いた本作は、これまでのアンダーソン作品と比べると異色のラブストーリー。とりわけ脚本が高評価で、これまでニューヨーク映画批評家協会賞や英国アカデミー賞などで脚本賞を受賞し、アカデミー賞でも同賞の候補に。音楽は、アンダーソン作品常連のジョニー・グリーンウッド。70年代を意識したサントラも必聴で、ニーナ・シモン、クリス・ノーマン、ドアーズ、デヴィッド・ボウイ、ポール・マッカートニー&ウイングスらの名曲が主人公カップルの青春を彩る。
★ここがスゴい!
アラナ役にアンダーソンがたびたびMVを手掛けてきた三人姉妹バンド「ハイム」のメンバーであるアラナ・ハイム、ゲイリー役にフィリップ・シーモア・ホフマンの息子であるクーパー・ホフマン。共に長編映画デビュー作となる本作で、恋に迷走する年の差カップルにふんし、まばゆい輝きを放っている。ショーン・ペン、ブラッドリー・クーパー、トム・ウェイツと超豪華キャストが脇役として強烈なキャラを好演&怪演!
『ナイトメア・アリー』(3月25日公開)
『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)で作品賞、監督賞を受賞したメキシコの鬼才ギレルモ・デル・トロ監督が、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムの小説を映画化したサスペンス『ナイトメア・アリー』。1939年、流れ者の青年スタン(ブラッドリー・クーパー)がカーニバルの一座で怪しげな“獣人”の見世物に衝撃を受けながら読心術を学ぶ前半、2年後に大都会でショービジネスの世界で成功を収める後半。自身の力を過信しタブーを冒す主人公の危うさ、やがて浮かび上がってくる秘密などストーリーの面白さに加え、デル・トロ監督らしい甘美で恐ろしい世界観に魅入られる。超豪華キャストのなか、ファムファタール的ポジションのケイト・ブランシェットはさすがの存在感! ほか撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞にもノミネート。
★ここがスゴい!
美術、セット、衣装など凝りに凝ったカーニバルの世界。デル・トロ監督いわく“獣人”ショーを描くにあたって重要だったのが「第一次世界大戦後という時代」。美術では『フリークス』などの映画を参考にしたり、円形の幾何学的モチーフをさりげなく忍ばせているという。
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(配信中)
アカデミー賞で最多12ノミネートと注目を浴びるNetflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。1920年代のアメリカ・モンタナ州を舞台に、冷酷な牧場主のフィル(ベネディクト・カンバーバッチ)、弟のジョージ(ジェシー・プレモンス)、ジョージと再婚するシングルマザーのローズ(キルステン・ダンスト)、その息子ピーター(コディ・スミット=マクフィー)が織りなす愛憎は最後の最後まで目が離せず、アカデミー賞では先の4人全員が俳優賞の候補に。撮影賞にノミネートされたアリ・ワグナーによる圧倒的な大自然、室内での陰影の利いた映像は、明らかにスクリーン向き。監督のジェーン・カンピオンがベネチア国際映画祭、ニューヨーク映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞、ゴールデン・グローブ賞など数々の映画賞で監督賞を総なめに。アカデミー賞では脚色賞、編集賞、美術賞、録音賞、作曲賞にもノミネートされている。
★ここがスゴい!
ドラマ「SHERLOCK(シャーロック)」やマーベル映画のドクター・ストレンジ役などで絶大な人気を誇るカンバーバッチが、好感度ゼロの陰なキャラクターに。彼の秘密が明かされていく展開にも引き込まれる。そして、何といってもキーパーソンのピーターを演じるコディ・スミット=マクフィー。『ザ・ロード』や『モールス』ではかわいらしい子役だった彼が絶世の美青年に成長して戦慄の名演を披露。
『ウエスト・サイド・ストーリー』(公開中)
アカデミー賞監督賞に8度目のノミネートされたスティーヴン・スピルバーグによるミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』。作品賞をはじめ7部門にノミネート。「ロミオとジュリエット」をモチーフにした1957年初演のブロードウェイ・ミュージカルを再映画化した本作では、主人公トニーにアンセル・エルゴート、恋人のマリアに約3万人から選ばれた新人レイチェル・ゼグラーを起用。「トゥナイト」「クール」「クラプキ巡査どの」といった名曲&ダンスシーンも健在で、とりわけ「アメリカ」は舞台をアパートの屋上から街中へと移し、ダイナミックな仕上がりに。マリアの兄ベルナルドの恋人・アニータ役のアリアナ・デボーズが、ロサンゼルス映画批評家協会賞、英国アカデミー賞など助演女優賞を総なめにし、アカデミー賞でも同賞受賞に期待が寄せられている。ほか衣装デザイン、撮影賞、美術賞、音響賞にもノミネート。
★ここがスゴい!
1961年の映画『ウエスト・サイド物語』ではマリアとトニーを演じたナタリー・ウッドとリチャード・ベイマーの歌声が別の俳優に吹き替えられていたが、スピルバーグ版ではダンス含め全キャスト吹替えナシ。そのため、日本語吹替え版でも歌唱部分はオリジナルキャストのままだった。アンセルとレイチェルによる「トゥナイト」は、ウットリするほどの美声&名シーン。