世紀の発見に基づく壮大なロマン！レイフ・ファインズの素朴な演技に注目『時の面影』
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実在の人物を演じるスター特集 連載第3回（全5回）
日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。実在の人物を演じるスターの作品特集として全5作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
『時の面影』Netflix
上映時間：112分
監督：サイモン・ストーン
出演：キャリー・マリガン、レイフ・ファインズほか
歴史とは、教科書で習ったことが絶対的なものではないのだ。筆者が「イイクニ（1192年）作ろう鎌倉幕府」と語呂合わせで覚えた鎌倉幕府の成立は、いつの間にか一般的には「イイハコ（1185年）」に変わっていた。そのような例は、テクノロジーの進化や新たな発見などによって世界中のどこの国でもあること。『時の面影』は、まさにそれまでの歴史認識を根底から覆す、英イングランド南東部のサットン・フー遺跡の発掘の舞台裏を描いた実話に基づくドラマだ。
第二次世界大戦が近づく1939年。サフォーク州デベン川の近くにある土地を所有していたエディス・プリティ（キャリー・マリガン）は、敷地にある塚群に運命的な何かを感じており、アマチュア発掘家バジル・ブラウン（レイフ・ファインズ）に発掘調査を依頼する。小ぢんまりと始まった調査が、ストーンヘンジと並ぶ世紀の発見と言われる墳丘墓の大発掘を成し遂げていく過程は、それだけでも壮大なロマンがある。
27メートルものアングロ・サクソン船に収められた、世界中から集められた材料で精巧に作り込まれた多数の貴重な品々は、以前は大部分がファンタジーだと考えられていた叙事詩に描かれていた中世初期の社会が、現実であったことを物語るものだという。
原作は、イギリスのジャーナリストで、発掘に参加した考古学者ペギー・ピゴット（映画ではリリー・ジェームズが演じている）のおいのジョン・プレストンによる小説「The Dig」（映画の原題と同じ）。『ジェーン・エア』（2011年）のモイラ・バフィーニが脚本を手がけ、近年は監督業にも進出している俳優のサイモン・ストーンが監督を務めた。実話ベースの物語にはあることだが、実在の人物ではあるがその人物像や、起きた出来事にはフィクションが多い。
しかし、映画らしくドラマチックな展開でありながらも全体としてはしっとりとした印象で、滋味のある俳優の演技も見応えがある。迫りくる戦争の暗い影の中で、夢を持つことがいかに希望をもたらすか、この時代の女性の自立や生き方、権威主義的な学問の世界といった現代に通じる視点が巧みに織り込まれている点にも、バフィーニとストーンの確かなビジョンと手腕が感じられる。
裕福な家に生まれ育ったエディスは、子供の頃から世界各地を旅し、エジプトやギリシャで発掘作業を見学して考古学に興味を持った。だが、父を一人にできずに亡くなるまで世話をしたことや身分差のため、夫フランクとの結婚は長年親に反対され、晩婚となり子供も授かるも4年後に夫が病気で死去。失意の中で、エディスを突き動かしたのがサットン・フーの塚群の発掘だった。
そんなエディスが、努力家で誠実で情熱を秘めたアマチュア考古学者のブラウンと自然に共鳴し、距離がゆっくりと縮まっていく。演じるマリガンは、少し悲しげではかなげな様子をにじませながら、芯の強い女性を表現していて心引かれる。
一方、12歳から父の農業の手伝いをしていたブラウンは大学で学ぶ機会を得られなかったが、農業を通して地域の土壌に詳しくなり、発掘の技術は父親から学んだ。勉強熱心でラテン語から地質学まで学び、天文学の入門書まで執筆している。しかし、他の学者からは軽んじられ、時にはばかにされ、手柄を横取りされてしまう。知識も経験も豊富な職人気質のブラウンが、大学を出ていないというだけでないがしろにされるのは理不尽でしかない。
実際に、サットン・フー遺跡の発見がエディスとブラウンによるものであったという事実が公に認められたのは、近年のことなのだ。くやしい気持ちや悲しい思いをぐっとこらえながら、淡々と発掘現場で土に向かうブラウンの姿に涙する人も多いのではないだろうか。名優ファインズは他を圧倒するような存在感を示す役柄も多いが、本作の素朴で、控えめな態度の中にも情熱を感じさせるブラウン像は実に味わい深い。
もう一つ、本作では間接的に描かれるが、戦争というものがいかにして一般の人々の生活に影響を与えるのかという点についても、丁寧に描かれている。刻一刻と危険が迫りくる中で、なんとしても発掘を成し遂げようとする。劇中のセリフにもあるが、「土を掘る意義は未来永劫（えいごう）に残る価値があるから」だ。
戦争とは全てを奪い去るものなのだ。その土地に生きる人々の日々の暮らしや幸せ、人生はもちろんのこと、自分たちのルーツを知るための文化や歴史をも破壊する行為だ。戦争に翻弄される人々の姿に、今、世界で起きていることを重ねずにはいられない。（文・今祥枝）