キムとジミーの胸が張り裂けるような展開に涙
今週のベター・コール・ソウル
御大ヴィンス・ギリガンが監督&脚本を手掛けた第12話「灌漑(かんがい)事業」。待望のキム(レイ・シーホーン)の登場となったが、想像以上に苦くつらい過去と現在、そして未来のジーン/ソウル/ジミー(ボブ・オデンカーク)とのドラマを思わせる胸が張り裂けるような展開だった。
※ご注意 この記事は「ベター・コール・ソウル」シーズン6についてのネタバレが含まれる内容となります。視聴後にお読みいただくことをおすすめします。
今週のベター・コール・ソウル~シーズン6第12話
アバンタイトルでは、ソウルがキムと離婚手続きのために面会する前のシーンが描かれた。ソウルは壁にボールを打ち付けているが、ソウルのデスクの後ろにある立派な柱が、実は張りぼてだったことが判明するという意味深な始まりだ。タイトルバック明けは、キムの物語が展開する。ジミー/ソウルのもとを去った後、2人の離婚はどのようにして成立したのかはカラーで、「ブレイキング・バッド」後のキムがどのように暮らしているのかはモノクロームの映像で交互に描かれた。
キムはフロリダ州東部の企業パームコースト・スプリンクラーで働いている。髪の色も違うし、前髪があるヘアスタイルは新鮮で、トレードマークのイヤリングもネックレスもしていない。新しい恋人らしい男性と、週末にバーベキューにやってくる友だちがいるキムの日常は、典型的な郊外の生活で変化に乏しくも平和にも見えるが、会社でもプライベートでもキムはどこか普通の暮らしを演じているだけ、借り物の人生のようにも感じられる。
すぐに第11話で描かれた、電話ボックスでジーンが激高していたが、内容は聞こえなかった会話の全容が明らかになる。ジーンは「随分と時間が経ったので、積もる話でもしようかと」と言って電話をかけてくる。だが、キムは明らかに距離を置いて「警察に出頭するべき」と返すと、ジーンは「キムこそなぜ自首しないのか」と声を荒げ、黙って聞いていたキムは「生きてて良かった」と言って電話を切る。敵対する弁護士ハワード・ハムリン(パトリック・ファビアン)を死に追いやり、薬物中毒の汚名を着せたままであることへの罪悪感に苛まれ続けてきたキムと、ジーンとのズレが残酷なまでに浮き彫りになるやり取りだった。
キムはアルバカーキへ行き、法廷でキムとソウルが協力してハワードに陥れたこと、自殺ではなくマフィアのラロ・サラマンカ(トニー・ダルトン)によって射殺されたことを告白する宣誓供述書を記入する。それを持ってハワード夫人シェリル(サンドリーヌ・ホルト)のもとを訪れ、真実を語るが、彼女の自白を裏付ける物的証拠はなく証言できるのは元夫だけで、それも生きていれば、と告げる(もちろん生きていることは知っている)。シェリルは「それなら民事で(キムを)訴え、何もかも奪ってやる」と言い、キムはその言葉を受け入れる。
続く帰りのバスの中で、公衆の面前であるにもかかわらず、キムは溜め込んでいた感情が一気に噴出してしまったかのように嗚咽(おえつ)する。このシーホーンの悲痛な演技は、「ベター・コール・ソウル」シリーズ全体を通しての白眉だろう。
離婚申請書に署名するためにグッドマン法律事務所を訪れたキムとソウルが対面し、噛み合わないまま別れるカラーパートもまた、ジミー&キムのカップルを愛してやまないファンにとってはつらいものがあった。ジーンとの電話のやり取りよりずっと前に、キムが愛していた人とはもはや別人になっていたのかもしれない。ソウルの態度に何か言いたげなキムが事務所を出てタバコを吸う時に、ジェシー(アーロン・ポール)が再び姿を現す。ソウルが優秀な弁護士なのかと聞くジェシーに「わたしが知っていた時はね」と言い、去っていく。
一方、キムとの電話をきっかけに悪の道への暴走が始まったジーンは、第11話のラストの続きで、睡眠薬がまだ効いているカモとして標的にしたがん患者の男性宅に自ら忍び込む。ウォルター=ハイゼンベルク(裏社会での偽名)に似た外見だけでなく表情までもが、過去最高にどんどんワルになっている。ジーンは窃盗犯罪の仲間のジェフ(パット・ヒーリー)がタクシーで男性宅前に迎えに来ているのを確認するが、2階へ上がり物色を始める。高級そうな酒を勝手に飲み、高価な腕時計を盗むうちに、男性が目を覚ましてしまう。男性の愛犬の骨壷で背後から殴ろうとするジーンの姿に、苦い思いが込み上げてくる。
家の外で待機していたジェフが警察に捕まり、留置所からジーンに電話するまでの流れは皮肉なユーモアがある。しかし、このことが結果として、ジェフの母親マリオン(キャロル・バーネット)がジーンに最後の引き金を引くことになる。
マリオンに電話し、ジェフが逮捕されたことを説明するジーン。この電話の内容がマリオンのジーンへの疑惑を増大させ、彼女はパソコンを使って「アルバカーキ 詐欺師」で検索し、ジーン=ソウル・グッドマンであることを突き止める。すべてを知ったマリオンは警察に連絡すると言うが、ジーンは手に電話機のコードを巻きつけながら、マリオンを脅して命の危険もあるかのようなそぶりで追い詰めていく。明らかに一線を越える可能性も感じられて、ここまで堕ちたのかと思わずにはいられない。マリオンは機転を利かせて“見守りサービス”に「家にお尋ね者の男がいて脅されている、名前はソウル・グッドマン」と伝え、ジーンは逃走する。
往年の人気俳優バーネットが演じるだけあって、マリオンは何か重要な役割があるだろうと誰もが思っていただろうが、期待を裏切らない働きぶり。一方で、ジミー&キムの関係に一縷(いちる)の望みを抱いていた視聴者に対して、作り手たちは容赦なく甘っちょろい感傷やロマンを打ち砕いた回でもあった。今回も完璧に計算し尽くされた脚本の素晴らしさを思うとため息しか出ない。そしてここまで来ると、残り1話のキム&ジミーについて楽観することは難しいかもしれない。