2022年 第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門23作品紹介
第79回ベネチア国際映画祭
8月31日~9月10日(現地時間)に開催される第79回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門23作品を紹介(コンペティション外を除く)。今年の審査委員長は、オスカー女優のジュリアン・ムーアが務め、またノーベル賞作家・脚本家のカズオ・イシグロが審査員に名を連ねる。ラインナップには、深田晃司監督の『LOVE LIFE』がコンペ部門に選出され、さらに2度目の金獅子賞を狙うジャンニ・アメリオ監督、ジャファル・パナヒ監督のほか、ノア・バームバック監督、ルカ・グァダニーノ監督、アンドリュー・ドミニク監督、アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督などの注目作がそろった。またオリゾンティ部門に選出された妻夫木聡主演の石川慶監督作『ある男』にも期待したい。本年度の金獅子賞の栄冠を手にするのは?(文:岩永めぐみ/平野敦子/本間綾香)
<金獅子賞(最優秀作品賞)>『オール・ザ・ビューティー・アンド・ザ・ブラッドシェッド(原題) / All the Beauty and the Bloodshed』
製作国:アメリカ
監督:ローラ・ポイトラス
キャスト:ナン・ゴールディン
【ストーリー】
アメリカで深刻な健康問題を引き起こしている、中毒性の高い鎮痛剤「オピオイド」。自身もオピオイド依存に苦しんだ写真家ナン・ゴールディンが、この薬を販売するパーデュー・ファーマ社のオーナーである富豪サックラー家を相手に抗議活動を展開する。
【ここに注目】
人生の明暗を生々しく切り取るポートレイト写真家として知られるナン・ゴールディンは、オピオイド依存症との闘いを経て、2017年に事態改善を訴える「P.A.I.N」(Prescription Addiction Intervention Now)を設立。以来、サックラー家が寄付を行ってきた世界中の美術館で抗議の声を上げてきた。このゴールディンの活動に密着したのは、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『シチズンフォー スノーデンの暴露』のローラ・ポイトラス監督。社会問題となっているオピオイドの恐ろしさ、サックラー家の内幕を暴く作品として注目される。
<銀獅子賞(最優秀監督賞)>ルカ・グァダニーノ監督<マルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人賞)>テイラー・ラッセ『ボーンズ・アンド・オール(原題) / Bones and All』
製作国:アメリカ
監督:ルカ・グァダニーノ
キャスト:ティモシー・シャラメ、テイラー・ラッセル
【ストーリー】
社会の片隅で生きる術を学ぶマレンは、孤独な青年リーと出会い、初めての恋をする。リーは、マレンがなぜ大切な人を殺して食べたいという衝動に駆られるのかを理解するため、彼女が会ったことのない父親を捜す旅に加わる。
【ここに注目】
『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督と主演のティモシー・シャラメが再びタッグを組んだことでも注目される青春ロマンス・ホラーストーリー。カニバリズムをテーマにしたカミーユ・デアンジェリスによる同名小説の映画化で、『WAVES/ウェイブス』などに出演するテイラー・ラッセル演じる少女が、シャラメふんする青年と引かれ合う。グァダニーノ監督が「彼らの心の旅路に興味がある」と語るように、孤独な二人のエモーショナルな物語に期待が高まる。
<銀獅子賞(審査員大賞)>『サントメール(原題) / Saint Omer』
製作国:フランス
監督:アリス・ディオップ
キャスト:カワイエ・カガミ、グスラギー・マランガ
【ストーリー】
30代の小説家のラマは、サントメールの裁判所でローレンス・コリーの裁判を傍聴する。その女性は北フランスの海岸に生後15か月の娘を置き去りにし、殺害した罪に問われていた。しかし、裁判が進むにつれ、ラマは疑問を抱くようになる。
【ここに注目】
ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門のベストフィルムに輝いた『ウィー(英題) / We』など、ドキュメンタリーを手掛けてきたセネガル系フランス人のアリス・ディオップ監督初の長編フィクション映画。ストーリーは2013年にフランスで実際に起きた事件をベースにしており、ドキュメンタリー出身のディオップ監督と日本でも「三人の逞しい女」などが翻訳されている小説家・劇作家のマリー・ンディアイが共同で執筆した脚本に期待大だ。
<最優秀男優賞>コリン・ファレル<最優秀脚本賞>マーティン・マクドナー監督『イニシェリン島の精霊』
製作国:アイルランド、イギリス、アメリカ
監督:マーティン・マクドナー
キャスト:コリン・ファレル、バリー・コーガン
【ストーリー】
内戦に揺れる1923年のアイルランドの孤島。長年の友人であるパードリックとコルムが、ある些細な出来事をきっかけに衝突し、コルムに縁を切られて困惑したパードリックは友情を取り戻そうとするのだが、事態はますます悪化する。
【ここに注目】
『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナー監督が、彼のルーツであるアイルランドで撮影した新作。もともとは、劇作家として1996年に発表した「イニシュマン島のビリー」、2001年の「ウィー・トーマス」に続く「アラン諸島3部作」の完結編として執筆した戯曲だったが、上演にいたらず今回自らの手で映画化した。主人公の2人を演じたのは、マクドナー監督の長編デビュー作『ヒットマンズ・レクイエム』でもタッグを組んだコリン・ファレルとブレンダン・グリーソン。また、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』のバリー・コーガンがファレルと再共演を果たした。
<最優秀女優賞>ケイト・ブランシェット『タール(原題) / Tar』
製作国:アメリカ
監督:トッド・フィールド
キャスト:ケイト・ブランシェット、マーク・ストロング
【ストーリー】
ドイツのオーケストラで初の女性首席指揮者に上り詰めた世界的な作曲家、リディア・タール。ベルリンで暮らす彼女の日常を追いながら、最新の交響曲のレコーディングに臨むクライマックスまでを描く。
【ここに注目】
『イン・ザ・ベッドルーム』『リトル・チルドレン』と2作連続でアカデミー賞脚色賞にノミネートされたトッド・フィールド監督。16年ぶりの新作は、ケイト・ブランシェットが競争の激しいクラシック音楽界で異彩を放つ女性指揮者・作曲家を演じた。なお、劇中の音楽は『ジョーカー』で女性として初めてアカデミー賞、英国アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞の作曲賞を制覇したアイスランド出身のチェロ奏者、ヒルドゥル・グーナドッティルが手掛けている。
<審査員特別賞>『ノー・ベアーズ(英題) / No Bears』
製作国:イラン
監督:ジャファル・パナヒ
キャスト:ジャファル・パナヒ、ミナ・カヴァーニ
【ストーリー】
2つのラブストーリーが並行して進行する。パートナーたちは隠された避けられない障害、迷信、権力の仕組みに阻まれることになる。
【ここに注目】
『チャドルと生きる』でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞するなど、国際映画祭で輝かしい実績のあるイランの世界的映画監督ジャファル・パナヒ監督の新作。政府に映画の製作を禁じられたパナヒ監督は、自宅に軟禁中でありながら次々と作品を発表してきたが、2010年に言い渡された禁錮6年の刑に服するため、今年7月に収監されたばかりだ。反体制的なメッセージを含みながら良質なドラマを作り上げてきたパナヒ監督が、本作で何を訴えているのかもこれまで以上に注目されるだろう。
『LOVE LIFE』
【ストーリー】
愛する夫・二郎と息子と、幸せな日々を送っていた妙子。しかし、突如降りかかった悲しい出来事により、妙子は心の奥底に眠っていた本当の気持ちを見つめ、改めて愛と人生に向き合うことになる。
【ここに注目】
『淵に立つ』がカンヌ国際映画祭「ある視点部門」の審査員賞を受賞した深田晃司監督。新作は、ミュージシャン矢野顕子のアルバム「LOVE LIFE」に収録された同名楽曲を題材に、構想期間18年を費やして完成させた意欲作だ。主人公の妙子を木村文乃、夫・二郎を永山絢斗、失踪した元夫パクをろう者の俳優で手話表現モデルとしても活躍する砂田アトム、二郎の元恋人・山崎を山崎紘菜が演じた。海外でも注目度の高い深田監督の作品が最高賞の金獅子賞に輝けば、北野武監督の『HANA-BI』以来25年ぶりの日本映画の受賞となる。
『ホワイト・ノイズ』
製作国:アメリカ
監督:ノア・バームバック
キャスト:アダム・ドライヴァー、グレタ・ガーウィグ
【ストーリー】
アメリカ中西部の大学で「ヒトラー学」を教える教授ジャック。彼が4番目の妻バベットや子どもたちと暮らす町で、化学薬品を載せた列車の事故が発生し、有害な化学物質が流出したことをきっかけに、一家は死の恐怖や人生の意味と向き合うことになる。
【ここに注目】
アカデミー賞6部門にノミネート(うち助演女優賞受賞)された『マリッジ・ストーリー』のノア・バームバック監督が、作家ドン・デリーロの全米図書賞受賞作「ホワイト・ノイズ」を映画化したブラックコメディー。主人公の夫婦をアダム・ドライヴァーと、バームバック監督の公私にわたるパートナー、グレタ・ガーウィグが演じた。3人が映画で顔をそろえるのは『フランシス・ハ』以来。本作はベネチア国際映画祭のオープニング作品に選ばれている。
『イル・シニョーレ・デッレ・フォルミーチェ(原題) / Il Signore Delle Formiche』
製作国:イタリア
監督:ジャンニ・アメリオ
キャスト:ジュゼッペ・アイエロ、エルミノ・アメリオ
【ストーリー】
1968年、イタリアの詩人、劇作家、映画監督でもあるアルド・ブライバンティは、ファシスト政権下のイタリアでの法律により、同性愛で有罪判決を受け投獄される。彼のパートナーの父親がブライバンティを密告して自分の息子と引き離し、その上わが子に電気ショック療法を受けさせる。
【ここに注目】
『靴ひものロンド』などのルイジ・ロ・カーショ、『悪の寓話』などのエリオ・ジェルマーノ、『狼は暗闇の天使』などのサラ・セラヨッコらが共演するヒューマンドラマ。実刑を受けて投獄された、劇作家で詩人のアルド・ブライバンティをモデルに、他人と異なることが白眼視された時代に、自分らしく生きようとした人々の物語を映し出す。『いつか来た道』が本映画祭最優秀作品賞の金獅子賞に輝いた、イタリアを代表する監督が再び受賞を狙う。
『ザ・ホエール(原題) / The Whale』
製作国:アメリカ
監督:ダーレン・アロノフスキー
キャスト:ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク
【ストーリー】
同性の恋人と暮らす人生を選んで、家族を捨てた英語教師のチャーリー。恋人の死後、寂しさのあまり暴飲暴食してしまい、体重600ポンド(約272キログラム)の病的な肥満体型になった彼は、疎遠だった17歳の娘との関係を修復しようとする。
【ここに注目】
『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督とA24がタッグ。劇作家サミュエル・D・ハンターの同名舞台劇を基にした本作は、『ハムナプトラ』シリーズのブレンダン・フレイザーが大幅増量(撮影ではファットスーツや特殊メイクも併せて使用)し、孤独な肥満男を熱演した。娘を演じるのは、大ヒットドラマ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」でブレイクしたセイディー・シンク。しばらくハリウッドの表舞台から遠ざかっていたフレイザーの久々の主演作であり、早くもオスカーノミネートを予測する声が上がっている。
『リメンシタ(原題) / L’immensita』
製作国:イタリア、フランス
監督:エマヌエーレ・クリアレーゼ
キャスト:ペネロペ・クルス、ヴィンチェンツォ・アマート
【ストーリー】
1970年代のローマ。ボルゲッティ家は、建設ラッシュの新興住宅地にある、眺めのいい新築マンションに引っ越してきたばかりだった。クララとフェリーチェの夫婦関係は冷え切っていたが離婚することはできず、クララは全ての愛情を3人の子供たちに注いで孤独から逃れようとしていた。
【ここに注目】
『海と大陸』などのエマヌエーレ・クリアレーゼがメガホンを取ったヒューマンドラマ。『誰もがそれを知っている』などのオスカー俳優ペネロペ・クルスを主演に迎え、ローマで暮らす幸せそうに見えるある家族の、今にも壊れそうな関係を描き出す。『新世界』が第63回の本映画祭で銀獅子賞に輝き、『海と大陸』も第68回に審査員特別賞に輝いたイタリアの実力派監督が、自国の映画祭で最高の栄誉を目指す。
『ブロンド(原題) / Blonde』
製作国:アメリカ
監督:アンドリュー・ドミニク
キャスト:アナ・デ・アルマス、ボビー・カナヴェイル
【ストーリー】
児童養護施設出身のノーマ・ジーンは、やがてハリウッドスターへの道を歩み始める。彼女は女優マリリン・モンローとして『紳士は金髪がお好き』『百万長者と結婚する方法』などの作品でトップスターに躍り出る。だが、私生活では3度の結婚に失敗し、常にマリリン・モンローと実際の自分であるノーマ・ジーンの間で引き裂かれていた。
【ここに注目】
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』のパロマ役で脚光を浴びたアナ・デ・アルマスが、マリリン・モンローを演じた伝記ドラマ。ジョイス・キャロル・オーツのベストセラー小説を原作に、今もセックスシンボルとして語り継がれるマリリン・モンローこと本名ノーマ・ジーンの視点で彼女の複雑な人生を映し出す。『ジャッキー・コーガン』などのアンドリュー・ドミニクが監督と脚本を務めた意欲作が、賞レースにどこまで食い込めるかに関心が集まる。
『バルド、フォルス・クロニクル・オブ・ア・ハンドフル・オブ・トゥルース(英題) / Bardo,False Chronicle of a Handful of Truths』
製作国:メキシコ
監督:アレハンドロ・G・イニャリトゥ
キャスト:ヒメナ・ラマドリッド、ダニエル・ヒメネス・カチョ
【ストーリー】
著名なメキシコ人ジャーナリストであり、ドキュメンタリー監督のシルヴェリオ・ガマは、米ロサンゼルスで暮らしていた。権威ある国際的な賞を受賞した彼は、出身国であるメキシコに戻らざるを得なくなる。その旅で彼は、自らのアイデンティティーや家族との絆、祖国の過去と向き合うことになる。
【ここに注目】
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『レヴェナント:蘇えりし者』で2年連続アカデミー賞監督賞に輝いた、アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督によるコメディー。異国で暮らす主人公の心の揺れを、笑いを交えて描き出す。長編デビュー作『アモーレス・ペロス』以来およそ20年ぶりにイニャリトゥ監督の故郷メキシコで撮影された新作のベネチアでの評価が楽しみだ。
『アテナ(原題) / Athena』
製作国:フランス
監督:ロマン・ガヴラス
キャスト:ダリ・ベンサーラ、サミ・スリマン
【ストーリー】
フランスの郊外。あるきょうだいの末っ子の悲劇的な死が、数時間後、兄たちの人生を狂わせる。
【ここに注目】
映画『Z』などのコスタ=ガヴラス監督の息子で、映像作家として多くのミュージックビデオなどを手掛けてきたロマン・ガヴラス監督の長編3作目となるクライムドラマ。脚本は『レ・ミゼラブル』でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞したラ・ジリ監督との共作で、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』などのダリ・ベンサーラや『レ・ミゼラブル』などのアレクシ・マナンティらが出演する。「ギリシャ的な意味における悲劇」を意識して演出したというギリシャ出身ガヴラス監督の、手腕とセンスが発揮されるに違いない。
『ジ・エターナル・ドーター(原題) / The Eternal Daughter』
製作国:イギリス、アメリカ
監督:ジョアンナ・ホッグ
キャスト:ティルダ・スウィントン、ジョセフ・マイデル
【ストーリー】
アーティストの中年女性と年老いた母が、かつて家族で住んだ邸宅を再び訪れる。いまやほぼ使われていないホテルとなった不気味な雰囲気が漂うその場所で、母と娘は長い間目を背けてきた秘密から、これ以上逃れられないことを知る。
【ここに注目】
ジョアンナ・ホッグ監督が、2019年の映画『スーヴェニア -私たちが愛した時間-』、2021年の続編『ザ・スーヴェニア:パートII(原題) / The Souvenir: Part II』でも組んだティルダ・スウィントンを主演に迎えたミステリー。ホッグ監督が自ら脚本も執筆し、巨匠マーティン・スコセッシが製作総指揮を手掛けた。コロナ禍の2020年12月に、英ウェールズで秘密裏に撮影を終えた作品とのこと。『へレディタリー/継承』『ミッドサマー』などのA24が製作・配給を務める。
『ビヨンド・ザ・ウォール(英題) / Beyond the Wall』
製作国:イラン
監督:ヴァヒド・ジャリルヴァンド
キャスト:ナヴィド・モハマドザデー、ダヤナ・ハビビ
【ストーリー】
盲目の男アリは自殺しようとしたところをビルのコンシェルジュに妨害される。コンシェルジュから警察がビルのどこかに潜んでいる逃走中のレイラを捜していることを聞いたアリは、その女性が自分の部屋にいて、彼女にてんかんの症状があることに気づき、彼女を助けようと決意する。
【ここに注目】
前2作がベネチア国際映画祭オリゾンティ部門で上映され、長編3作目の本作でコンペティション部門に選ばれたイランのヴァヒド・ジャリルヴァンド監督。前作『ノー・デイト、ノー・シグネチャー(英題) / No Date,No Signature』では、オリゾンティ部門の監督賞を受賞。同作で同部門の男優賞を獲得し、日本でも公開された『ジャスト6.5 闘いの証』などにも出演しているナヴィド・モハマドザデーが、本作の主人公アリを演じる。
『アルゼンチーナ、1985(原題) / Argentina,1985』
製作国:アルゼンチン、アメリカ
監督:サンティアゴ・ミトレ
キャスト:リカルド・ダリン、ピーター・ランサーニ
【ストーリー】
1985年、公選弁護人のフリオ・セサル・ストラセラと若い弁護士ルイス・モレノ・オカンポは、ある裁判を担当。彼らはおよそ7年間に渡り、アルゼンチンを恐怖で支配した軍事政権の当事者たちを追及する。膨大な数の反体制派の人々の誘拐、監禁、拷問などを行った加害者たちの罪が暴かれることになる。
【ここに注目】
民主化後の1985年にアルゼンチンで実際に行われた、軍事独裁政権の幹部たちの責任を追及したいわゆる「フンタス裁判」をベースに描く司法ドラマ。『パウリーナ』などのサンティアゴ・ミトレが監督を務め、自国民を弾圧し、「汚い戦争」と呼ばれたアルゼンチンの暗い過去をあぶり出した裁判について振り返る。『しあわせな人生の選択』などの俳優リカルド・ダリン、『エル・クラン』などのピーター・ランサーニらによる真実のドラマの真価が問われる。
『キアラ(原題) / Chiara』
製作国:イタリア、ベルギー
監督:スザンナ・ニッキャレッリ
キャスト:マルゲリータ・マズッコ、ルイジ・ロ・カーショ
【ストーリー】
1211年、イタリアのアッシジ。ある晩、18歳のキアラは、何不自由なく暮らしてきた裕福な家を捨て、つつましい生き方を説いていた修道士フランチェスコの元へ向かう。彼女の長い髪は、小さな教会の祭壇の前でフランチェスコによって切られ、質素な修道服に身を包むことに。修道女となったキアラの生活は一変し、孤独と沈黙の中で生きることを選択する。
【ここに注目】
『ミス・マルクス』などのスザンナ・ニッキャレッリが監督と脚本を手掛け、イタリアの聖人であるアッシジの聖キアラをモデルに描く人間ドラマ。ドラマシリーズ「マイ・ブリリアント・フレンド(英題) / My Brilliant Friend」などのマルゲリータ・マズッコが主人公に抜てきされ、後に聖人となったキアラの人生を描き出す。『ミス・マルクス』で、第77回の本映画祭で最高賞の金獅子賞を逃したスザンナ・ニッキャレッリ監督が最新作でリベンジを誓う。
『モニカ(原題) / Monica』
製作国:アメリカ、イタリア
監督:アンドレア・パラオロ
キャスト:トレイス・リセット、パトリシア・クラークソン
【ストーリー】
長い間故郷を離れていたモニカは、死にゆく母親の世話をするために、およそ20年ぶりに中西部にある町に戻ってくる。彼女の家族は決して仲がいいわけではなかったが、モニカには母親を看取る覚悟だけはあった。彼女はすっかり変わってしまった母親の面倒を見ながら、複雑な思いにとらわれていく。
【ここに注目】
人間の普遍的なテーマである放棄、老化、受容、そして贖罪(しょくざい)をテーマに描くヒューマンドラマ。アンドレア・パラオロ監督による女性が主人公の3部作の『ともしび』に続く第2弾で、母親を看取るために帰郷した主人公の心模様を映し出す。『ハスラーズ』などのトレイス・リセットが主人公、母親を『しあわせへのまわり道』などのパトリシア・クラークソンが演じている。『ともしび』では逃した金獅子賞を、パラオロ監督が今度こそ取りにいく。
『ア・カップル(英題) / A Couple』
製作国:フランス、アメリカ
監督:フレデリック・ワイズマン
キャスト:ナタリー・ブトゥフ
【ストーリー】
レフ・トルストイと妻ソフィアは、長年同じ屋根の下に暮らしながらも、たびたびお互いへ手紙を書き、またそれぞれが日記をしたためていた。あるとき、夫は客が集まった夕食会の席で、自分の日記を声に出して客に読み聞かせようと妻に提案する。
【ここに注目】
『パリ・オペラ座のすべて』『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』など、ドキュメンタリー映画の巨匠として名高いフレデリック・ワイズマン監督。新作は意外にも、19世紀ロシア文学を代表する文豪レフ・トルストイとその妻を題材にしたドラマ作品だ。本作は、長年の結婚生活のなかで、対立を繰り返しつつ時に情熱的に愛し合うこともあった夫妻の、喜びと苦悩が混在する複雑な関係を、妻の目線で描いている。主演は『不完全なふたり』のナタリー・ブトゥフ。
『ザ・サン(原題) / The Son』
製作国:イギリス
監督:フロリアン・ゼレール
キャスト:ヒュー・ジャックマン、ローラ・ダーン
【ストーリー】
ピーターは妻のベスと赤ん坊との忙しい日々を送っていた。しかし、前妻のケイトが問題を抱えた10代の息子ニコラスを連れてやって来たことから、彼の生活は一変し、家族の関係がこじれていく。
【ここに注目】
アカデミー賞脚色賞を受賞した『ファーザー』のフロリアン・ゼレール監督が、前作に続き自身の戯曲を映画化したドラマ。『ウルヴァリン』シリーズなどのヒュー・ジャックマンや『マリッジ・ストーリー』などのローラ・ダーンに加え、『私というパズル』でベネチア国際映画祭女優賞を受賞したヴァネッサ・カービーが出演する。ゼレール監督は本作を「奥深いヒューマンストーリー」と紹介しており、再びその巧みなストーリーテリングに感嘆させられそうだ。
『アワー・タイズ(英題) / Our Ties』
製作国:フランス
監督:ロシュディ・ゼム
キャスト:サミ・ブアジラ、ロシュディ・ゼム
【ストーリー】
ムサとリャドの兄弟は、家族思いでいつでも優しいムサに対し、リャドの方はテレビ司会者として成功しているものの自分勝手な性格で周囲から非難されていた。ムサだけがリャドの味方だったが、ある日、ムサが転倒して脳を損傷する。それ以来、ムサは言いたいことを言い、周りを混乱させるが、リャドだけは違っていた。
【ここに注目】
『ゴー・ファースト 潜入捜査官』などに出演する俳優で、『ショコラ ~君がいて、僕がいる~』などの監督を務めるロシュディ・ゼムによる家族ドラマ。「これまで作品を通して個人的なことを明かしたことはない」と語るゼム監督が、移民とその家族の葛藤や喜びなどをつづった本作。脚本をゼム監督と、女優であり監督作『パリ警視庁:未成年保護特別部隊』でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞したマイウェンが担当。ゼム監督と共に、マイウェン、サミ・ブアジラなどが出演している。
『アザー・ピープルズ・チルドレン(英題) / Other People's Children』
製作国:フランス
監督:レベッカ・ズロトヴスキ
キャスト:ヴィルジニー・エフィラ、ロシュディ・ゼム
【ストーリー】
高校教師のレイチェルは40歳で子供はいないが、教え子や友人、元カレ、ギターのレッスンを愛し、自分の人生に満足していた。しかし、付き合い始めたアリの4歳の娘、レイラのことをわが子のように愛するようになる。だが、他人の子供と絆を深めることはリスクを負うことでもあった。
【ここに注目】
『グランド・セントラル』『プラネタリウム』などのレベッカ・ズロトヴスキ監督の長編5作目は、母性や義理の親子といった繊細なテーマを扱うヒューマンドラマ。主人公のレイチェルを『おとなの恋の測り方』などのヴィルジニー・エフィラが演じ、本映画祭コンペティション部門に監督作『アワー・タイズ』を出品しているロシュディ・ゼムやキアラ・マストロヤンニなどが共演する。