知られざる波乱万丈の人生!注目の伝記ドラマが続々
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実際に存在した人物の生涯を描き、さまざまな人生模様を見ることが魅力の伝記映画。今年もエルヴィス・プレスリーの半生を追った『エルヴィス』がヒットを記録するなど、名作の数々が連綿と作られてきました。映画のみならず、小説やドラマなどでも描かれてきた偉人の知られざる一面や、好事家には愛されつつも広くは知られていない人物の生きざま。注目の作品が劇場公開・配信されている今、そんな楽しみが存分に詰まった話題作を紹介します。(編集部・大内啓輔)
『スペンサー ダイアナの決意』劇場公開中
多くの人々の心を魅了し続ける英国王室。最近もエリザベス女王が96歳で死去したことを受け、世界中で弔意が示されました。その長い歴史の中でも“最も愛されたプリンセス”とたたえられたのがダイアナ元皇太子妃です。彼女を主人公にした『スペンサー ダイアナの決意』では、彼女が王室を去ることを決断したとされる1991年のクリスマス休暇の物語が展開していきます。
ナオミ・ワッツがダイアナ妃を演じた2013年の映画『ダイアナ』では、36歳で急逝した彼女の最後の2年間が描かれましたが、本作では王室で過ごす3日間という、さらに限られた時間でストーリーが展開します。夫チャールズとの関係も冷え切り、離婚や不倫といったスキャンダラスな展開を予想させつつも、映画はあくまで彼女の心象風景ともいうべき世界が描かれていくことになるのです。
どれほど過激なパパラッチも知りえないダイアナ妃の心の内。アン・ブーリンとの時空を超えた邂逅といった幻想的な一場面も交えながら、カメラはダイアナ妃の苦悩や不安に満ちた内面に入り込んでいきます。自傷行為や拒食、その反動による過食など、その不安定な行動もショッキングなもの。ですが、彼女の感情は、寒々しさを感じさせる静かな屋敷の様子(撮影監督は『燃ゆる女の肖像』などのクレア・マトン)や、どこにいても逃れられない視線の気配など、彼女を取り巻く外部の世界の光景によって伝えられることになります。
たった3日間という時間に、ダイアナ妃が王室で過ごした激動の人生が集約され、英国王室に抱くイメージにも新たな視点が与えられるはず。主演のクリステン・スチュワートは衣装やヘアメイクといった外見はもちろん、二人の子どもといる時間のほかは張り詰めた緊張状態が消えないダイアナ妃の心の揺れも見事に表現しています。ダイアナ妃が人生を変える決断を下したあと、クリステンの熱演によりその解放感がどれほどのものだったか伝わってくるかのようです。
『ブロンド』Netflixで配信中
ハリウッドのみならず、アメリカ文化を象徴する映画スターであるマリリン・モンロー。配信直後から賛否を呼んでいる『ブロンド』は、ジョイス・キャロル・オーツによる小説を原作に、彼女がマリリンとして女優として成功を収める一方で、世間が求めるアイコンを演じるノーマ・ジーンとして苦悩する姿などを描きます。孤独で不安定な少女期から、母親との確執、顔も知らない父親捜し、性的な彷徨、そして恋人や夫への愛情など、彼女がいかに苦悩し、葛藤したかがこれでもかというくらいに紡がれていきます。
かつて『ノーマ・ジーンとマリリン』という映画でも、スターとしてのイメージと実際の自分との分裂が主題になっていました。しかし、本作では緩やかな時系列に沿いながらも次々とスタイルを変えていく作品全体のテイスト。白黒とカラーは自由に切り替えられ、通常の劇映画のようなシーンに交じって、ノーマのモノローグを伴った回想、幻想的なイメージで構成された場面など、彼女の生涯が断片的なコラージュのように、あるいはジグソーパズルのように描き出されるのです。
ノーマ=マリリンを演じたのはアナ・デ・アルマス。ダイアナ妃にふんしたクリステンと同様に、イメージとしてすでに広く知られた人物を演じるとあり、そのビジュアルづくりには困難が付きまとうというもの。マリリンのよく知られた有名なポーズを捉えたカットや映画のワンシーンを再現しつつ、本人が憑依したかと錯覚するような熱演を繰り広げています。167分という時間をかけて、死にいたるまでの彼女の人生を辿りなおす本作は、一般的に想起される通常の「伝記映画」と呼ぶことは難しいかもしれません。むしろ観た後は長い夢から醒めたような独特の余韻を感じることができるはずです。
『キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱』劇場公開中
ポーランドに生まれ、単身フランスに渡って研究を続けたマリ・キュリー。ノーベル賞を2度受賞した偉大な物理学者・化学者として、その人生は伝記などを通じて知られています。ちなみに、先日、アメリカのバリー・シャープレス氏が2度目のノーベル化学賞を受賞したことが発表されましたが、個人で2回受賞している5人のうち、女性はマリのみです。
そんな彼女の新たな伝記映画である本作は、放射能(映画の原題は『Radioactive』)をめぐる研究に挑んでいく姿が描かれます。マリの伝記映画としては、マーヴィン・ルロイが監督した1943年の『キュリー夫人』が広く知られているでしょう。娘であるエーヴ・キュリーの執筆したマリの伝記をもとにした同作は、マリが数々の苦難にもめげずに夫ピエールと研究に取り組む半生が描き出されます。ピエールの不慮の事故がクライマックスとなって映画が幕を閉じることが象徴的なように、研究に向かい続けた夫婦のメロドラマといった趣が強く感じられます。
一方、ロザムンド・パイクが主演した新たな伝記映画は、より個人としてのマリ・キュリーの人生に焦点を当てることになります。『ゴーン・ガール』『プライベート・ウォー』『パーフェクト・ケア』などでパワフルな女性像を表現したロザムンドとあって、マリにはより個性的な性格が与えられています。皮肉屋で気が強く、自尊心の強い彼女の姿は、ルロイ版でマリを演じたグリア・ガーソンと比べると、とても新鮮な印象を与えるはず。放射能の被曝による健康状態の悪化に苦しめられた彼女の姿や、女性であることを理由に科学者として正当に評価されず、はたまたピエールの死後に既婚者の弟子とのロマンスでマスコミから袋叩きに遭う様子など、その波乱の人生が悲痛なトーンを交えて綴られます。
パリ大学初の女性教授となり、不倫をめぐって連日のようにあることないこと書き立てられる騒動の渦中にノーベル化学賞を授与されたマリ。その不屈の精神で立ち上がる姿が強い印象を残します。第一次世界大戦を迎えると、X線撮影によって負傷者の身体を検査する設備を積んだ車で戦地を訪れます。その傍らにいるのは、のちに夫フレデリックと共にノーベル化学賞を受賞することになる娘イレーヌ(アニャ・テイラー=ジョイ)の姿。マリの思いが後世にも引き継がれていることを伝える、希望にあふれたラストとなっています。ポーランド人として、そして女性として差別や偏見の対象となったマリの雄姿に心が震えるはずです。
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』12月1日より劇場公開
「ネコノミクス」という言葉も広がり、今や日本での経済効果も計り知れない猫ですが、かつて19世紀末から20世紀にかけてのイギリスでルイス・ウェインという“猫画家”が一世を風靡しました。猫好きならば馴染みのある、人間のように振る舞う擬人化された個性豊かな猫を描き続けた挿絵画家。本作で描かれるのは、当時はペットとして飼うことも驚きとされた猫を画題として“発見”した風変わりな一人の男の知られざる生涯です。
イギリスの上流階級出身のルイス・ウェインは父亡き後、母親と5人の妹とともに暮らしながらイラストレーターとして働き一家を支えることに。世間とうまく馴染めず、変わり者として扱われながらも折り合いをつけて生きてきたルイス。やがて妹の家庭教師としてやってきたエミリーと恋に落ち、周囲の反対を押し切って彼女と結婚します。しかし、彼女が末期がんであることが発覚。そんな妻のために子猫ピーターの絵を描き始めたことが、ルイスの画家としての人生を変えていくことになります。
版権についての知識などもほとんど持ち合わせておらず、膨大な仕事量に比して貧しい生活を送ったルイス。これまでも『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』『エジソンズ・ゲーム』などで“天才”を演じてきたベネディクト・カンバーバッチが、堂々たる演技を披露しています。少年時代から科学に興味を持ち、空想にふけるのが好きなルイスは、晩年には統合失調症を患い、しだいに現実と幻想の境が曖昧に。妻や猫への愛情を失わなかったルイスに魂を吹き込むベネディクトの演技には思わず涙がこぼれてしまいます。
ここで挙げた作品のほかにも、オアシスやプライマル・スクリームなどのバンドを世に送り出した音楽レーベルの創設者の半生を映画化した『クリエイション・ストーリーズ~世界の音楽シーンを塗り替えた男~』(10月21日公開)や、大ヒット作『ボヘミアン・ラプソディ』のアンソニー・マクカーテンが脚本を手掛けた『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』(12月23日公開)といった映画も控えています。後世に語り継がれる人物をその時代背景とともに知ることができるだけでなく、すでに知っていたはずの人物の新たな一面を発見させてくれることこそ、伝記映画の魅力でしょう。話題作が充実している今こそ、実在の人物を演じる俳優陣の演技を楽しめるとともに、新たな世界を知ることのできる絶好の機会となるはずです。