稲垣吾郎『窓辺にて』、香川照之『宮松と山下』の評価は?11月公開映画レビュー
今月の5つ星
アイルランド発の青春映画から、稲垣吾郎×今泉力哉が強力タッグを組んだ恋愛映画、第79回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門に出品された妻夫木聡主演作、香川照之の14年ぶり映画主演作、心ときめくイギリス映画まで、見逃し厳禁の作品をピックアップ。これが11月の5つ星映画だ!
ゲイとレズビアンの偽カップルが最高に愛おしい!
『恋人はアンバー』11月3日公開
ゲイの男子とレズビアンの女子が高校卒業までの期間限定で、ニセモノの恋人になる青春映画。アイルランドの田舎町、異性のことで頭がいっぱいのクラスメイトから、キスの経験がないことで、ゲイだ、とからかわれたエディは、レズビアンであることを隠しているアンバーから恋人のふりをしようと持ち掛けられ……。
ユニークな設定ながら、ティーンエイジャーが自分のアイデンティティを模索し、見つけていくストーリーは青春映画の王道ともいえる良作。性格も趣味も異なる二人だが、同じ悩みを共有するうち、本当の自分を見せられる唯一無二の存在となり、芽生えていく友情が最高にキュートで愛おしく、92分という長さも観やすい。アイルランドの、のどかで美しい風景はその反面、田舎町ならではの保守的な息苦しさを感じさせ、彼らの生きづらさを際立たせる。果たして、エディとアンバーの関係はうまくいくのか? 二人の決断を見届けてほしい。(編集部・中山雄一朗)
稲垣吾郎がいまだかつてないほどハマっている
『窓辺にて』11月4日公開
過激な濡れ場も話題を呼んだ『ばるぼら』以来となる稲垣吾郎の主演作は、『愛がなんだ』『街の上で』などの人気監督・今泉力哉による恋愛映画。稲垣が演じたのは、編集者の妻と暮らすフリーライターの茂己。物語の軸となるのは、なぜ彼は妻の浮気を知りながら動じないのか? という疑問。彼がひょんなことから出会った高校生作家(玉城ティナ)の小説のモデルとなった人物たちに会いに行く展開にはロードムービーのような趣があり、彼らに悩みを打ち明けるなかで相談される側の事情が透けて見えてくる面白さがある。
アドリブなのではないかと思わせるほどリアルな会話劇は健在で、「人は信頼することでしか結ばれない」「無駄を大切に」など名言も多数。そして、何かを「手放す」ことは始まりでもあるというポジティブなメッセージも心に染みる。稲垣にとって初参加の今泉組だが、自身が担当する雑誌の連載で度々作品を取り上げるなど今泉作品に思い入れが深いせいか、水を得た魚のようにハマっている。(編集部・石井百合子)
自分自身とは何か?という究極のミステリー
『ある男』11月18日公開
平野啓一郎の同名小説を映画化。死後、全くの別人だと判明した“ある男”の身元調査を依頼された弁護士が、他人として生きた男の真実を追っていく。物語は、正体不明の男の素性を突き止めていくミステリーの様相を帯びながらも、他人の戸籍で生きること、ひいては自分が自分であるとは果たしてどういうことなのか、という切実な問いを投げかけてくる。
どんな人間にも様々な顔があり、多面性があるのだというのは当たり前のことのようにも思える。だが、劇中、陰謀論や特定の人種への差別、生活保護受給者への偏見やヘイトスピーチなど、現在の日本が抱える社会問題が盛り込まれるなかで、私たちの眼差しがそれほどフェアなものではないことも突きつけられる。在日三世という出自により周囲との関係に悩む弁護士を演じたのは妻夫木聡。その多くは語らない静かな演技は、物語のテーマである問いに明快な回答を与えず、より広がりをもたせる出色のものとなっている。(編集部・大内啓輔)
哀愁と滑稽さが緻密に入り混じる快作
『宮松と山下』11月18日公開
本作は、過去の記憶がないエキストラ専門の俳優・宮松が、ある日訪ねてきた男によってもう一人の自分を知ることになる物語。14年ぶりに映画主演を務めた香川照之が、近年見せてきた感情表現豊かな役柄とは一転、自分以外の何者かを演じている時以外は感情が読めない宮松という男を怪演。エキストラとしての殺されっぷりは見応え抜群で、奇妙で不器用な宮松を見事に表現した。
また、佐藤雅彦、関友太郎、平瀬謙太朗による監督集団「5月」の緻密な演出から生まれた緊張感が全編に漂う。そのため、観客は物語にぐいぐい引き込まれること必至で、宮松をはじめとする登場人物たちの感情の起伏を一瞬たりとも見逃すまいと、物語が進むにつれ神経が研ぎ澄まされる感覚になっていく。過去と現在、エキストラでは表情豊かな宮松と普段は感情が見えない宮松、エキストラの宮松と役名がある俳優とさまざまな対比がおかしみを生み出しており、人は誰しも気づかぬうちに、何者かを演じているのではないかと考えさせられる。(編集部・梅山富美子)
自分らしく夢を追えば人生は輝く!
『ミセス・ハリス、パリへ行く』11月18日公開
『ポセイドン・アドベンチャー』の原作者ポール・ギャリコの小説を映画化した懐かしくて愛おしいハートフルコメディ。1950年代ロンドン、通い家政婦として慎ましく暮らすハリスおばさんがきらびやかなドレスに一目惚れ。「パリでディオールのドレスを手に入れたい」と決意し、キュートで等身大の冒険が始まる。常に自分らしく、時に周囲を困惑させるほどマイペースに夢を追うハリスおばさんが観客の背中を押し、励ましてくれる。ハリスおばさんが起こす奇跡の連続はユーモラスで心をときめかせ、爽やかな感動を呼ぶ。
『ファントム・スレッド』のレスリー・マンヴィルが偽りがなくありのままで生きるハリスおばさんを好演し、名優イザベル・ユペール、『ハリー・ポッター』シリーズのルシウス・マルフォイ役などのジェイソン・アイザックスらが脇を固める。ディオールが全面協力した魅惑的なドレスの数々に心奪われ、次にパリへと旅立つのはあなたかも!?(編集部・海江田宗)