お膳立てされた結婚から全力で逃れようと奮闘!『少女バーディ ~大人への階段~』
厳選オンライン映画
賛否含めて論じる注目の7作品 連載第1回(全7回)
日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。各ライターが賛否含めて論じる注目の7選として、毎日1作品のレビューをお送りする。
※ご注意 なおこのコンテンツは『少女バーディ ~大人への階段~』について、ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。
『少女バーディ ~大人への階段~』Amazon Prime Video
上映時間:108分
監督:レナ・ダナム
出演:ベラ・ラムジー、ビリー・パイパーほか
都会に生きる20代女性たちをリアルに描いたテレビシリーズ「GIRLS/ガールズ」(2012~17)のクリエイターで主演も務めたレナ・ダナムの最新監督作『少女バーディ ~大人への階段~』は、1994年の出版以来、欧米で親しまれてきたヤングアダルト小説「Catherine,Called Birdy」が原作だ。13世紀イギリスの村に暮らす14歳の少女キャサリン(ベラ・ラムジー)が、親のお膳立てした結婚から全力で逃れようとする奮闘をコメディータッチで描く。
おてんばで村の子どもたちと泥んこ遊びに興じるキャサリンは領主である父・ロロ卿(アンドリュー・スコット)と聡明で美しい母のレディ・アシュリン(ビリー・パイパー)、次兄ロバート(ディーン=チャールズ・チャップマン)、乳母のモーウェナ(レスリー・シャープ)と暮らし、修道士の長兄エドワード(アーチー・ルノー)に勧められて日記を書いている。自らをバーディ(小鳥さん)と呼ぶ彼女が“バーディことキャサリンの成長日記”としてつづる形で、1290年夏から翌年にかけての約1年の物語が始まる。
大の仲良しの山羊飼いの少年パーキン(マイケル・ウールフィット)とふざけ合い、のびのび過ごしていたバーディの日常は、浪費家で酒浸りのロロ卿が財政難の打開策として愛娘と裕福な男性の結婚を思いついたことで一変する。折りしもバーディは初潮を迎え、乳母から「子を産む義務を果たせる」と教えられたばかり。両親に知られまいと、経血のついた当て布を隠し続ける彼女は、自分の体は自分のものということを本能で理解している。
やがて、その場しのぎのバーディの画策はばれてしまい、ロロ卿は本格的に婿取りに乗り出す。次々とやって来る求婚者の撃退エピソードの描写はコミカルだが、結婚とは人身売買同然だった時代の残酷さがかえって強調される。初潮を迎えたというだけで都合よく大人扱いされる理不尽に憤るバーディは「女の子にできないこと」を日記に列挙する。十字軍に行けない、髪も切れない、大笑いもできない、結婚相手も選べない……と。
バーディを演じるベラ・ラムジーはこれ以上ない適役だ。天真爛漫(らんまん)で好奇心旺盛で、たわいない兄妹げんかをしてばかり。思春期の誰もがそうであるように自分のことで頭がいっぱいで、とびきりの美人で親友のアリス(アイシス・ヘインズワース)やパーキンに対して、つい意地悪や思いやりのない言動をしてしまう。だが、優れた観察眼と洞察力に満ちた少女の正直な自分語りは、いきいきとカラフルな群像劇を紡ぎ出していく。
慣習にあらがう娘を誇りに思いながら心配する母や乳母をはじめ、バーディにこの世を生き抜く極意を教える年長の女性たちの強さと本音に共感する。再婚する未亡人エセルフリサ(ソフィー・オコネドー)との会話、アリスの継母(ミミ・ンディウェニ)が最後のセリフでバーディにかける一言も印象的だ。併せて魅惑的でダメな男たちを登場させるのもダナム監督らしい。娘から「見栄っ張り」「強欲」と評されるロロ卿、そしてバーディの憧れの君である叔父のジョージ(ジョー・アルウィン)だ。
アンドリュー・スコットが演じるロロ卿は家父長の権限を振り回しながらもそこに迷いがある。「こうあるべき」と固定観念で自らを縛る父親像は原作よりも繊細で愛すべきキャラクターで、父娘の関係の変遷も映画版独自の展開だ。白馬に乗って王子様のように現れるハンサムな叔父は十字軍の戦士で、バーディは英雄視しているが、本人は屈託だらけで虚無的。ダナム監督が彼を念頭に脚本を書いたと Los Angeles Times が報じているようにジョー・アルウィンが、理想と現実のギャップを体現する役回りを完ぺきに演じている。
年が明けると、父親よりも年かさの求婚者が現れる。粗野そのものでバーディは「ヒゲモジャ」と呼んで忌み嫌うが、どんな手を使っても追い払うことはできない強者だ。抵抗をやめない彼女に、周囲の誰もが簡単には変えられない現実を説く。バーディも、母やアリス、パーキンが置かれた境遇は自分より厳しいものだったことを理解していく。では、それで彼女は自制するのか。それとも自由を諦めないのか。
カレン・クシュマンによる原作は、1986年生まれのダナム監督の少女時代の愛読書だという。BGMに90年代ヒット曲のカバー楽曲を流し、古色にこだわらない軽快な語り口は、同じく中世を舞台にした日本の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の手法とも似ていて、現代に通じる普遍性がある。PG-13指定映画として作られた本作は「GIRLS/ガールズ」のような痛いほどの生々しさはなく、大人でもない子どもでもない矛盾だらけの思春期の心情に振り回されるが、14歳の主観で描いたと捉えれば納得がいく。バーディは恵まれた立場だと切って捨てる意見もありそうだ。だが、余裕あるからこそ闘えるとも言えないだろうか? それは著名な芸術家を両親に持つダナム本人の出自にも重なる。彼女たちの闘いを否定したくない。
バーディが生きる13世紀の若い女性は親が決めた相手の元に嫁がされ、妻になると今度は子どもを産む道具として毎年のように妊娠させられる。死産や流産も多く、母体は危険にさらされるが、社会は意に介さない。封建的な中世だから? だが21世紀のアメリカでは人工妊娠中絶を憲法上の権利と認める「ロー対ウェイド判決」が覆され、複数の州で妊娠中絶は違法となった。時代を逆行する事態が起きている今、『少女バーディ』を昔々のおとぎ話として片づけることはできない。(文・冨永由紀、編集協力・今祥枝)