Netflix「サンクチュアリ -聖域-」はなにがそんなに面白い?
Netflixシリーズ「サンクチュアリ -聖域-」が大ヒット中だ。5月4日に配信がスタートした本作は、国内のテレビ部門トップ10で上位を占め続けている。また、神秘のベールに包まれた「相撲」という題材もあってか世界中で視聴されており、グローバルトップ10のテレビ・非英語部門では初週が10位、第2週は6位とランクアップを続けている。
「サンクチュアリ-聖域-」のストーリー
主人公は暴力、嘘、悪態は当たり前の札付きの不良、小瀬清(一ノ瀬ワタル)。借金まみれで家庭は崩壊、荒れ果てた日々を送っていた小瀬に、弱小の相撲部屋を率いる猿将親方(ピエール瀧)が手を差し伸べる。
「土俵にはね、全部埋まってるんだよ。金、地位、名誉……女」
相撲に一切興味がなく、カネのためだけに大相撲の世界に足を踏み入れた小瀬を待っていたのは、兄弟子たちによる陰湿な暴力の洗礼だった。それでも地力の強さで勝ち上がっていく小瀬には、猿桜という四股名が与えられる。
大相撲の伝統、格式、礼節などすべてに反抗して、傍若無人に振る舞い続ける猿桜だったが、やがて強力なライバルとの対決、猿将部屋を潰そうとする他の部屋との戦いを経て、相撲にのめりこみ、力士としての強さを求めるようになっていく。
本作の魅力は「王道」にあり
相撲部屋の理不尽な上下関係、しごきという名の暴力、タニマチとのいびつな関係、八百長疑惑……。大相撲という「聖域」に潜むタブーを暴き、激しいバイオレンス描写とともに描き切る。たしかにそれも本作の魅力の一端だが、けっしてそれがすべてではない。
本作の魅力は、世の中からはぐれた“負け犬”が奮起して、スポーツ・格闘技の世界で勝利を目指す王道ストーリーにある。主人公が真摯な努力を積み重ね、強大な敵を倒すスポ根少年マンガの痛快さと爽快さも満ち溢れている。
“負け犬”たちがスポーツ・格闘技の世界で勝利を目指す物語は、映画『ロッキー』シリーズや『クリード』シリーズ、『少林サッカー』、同じ相撲を題材にした『シコふんじゃった。』など枚挙に暇がない。荒くれ者が相撲界で大暴れする物語は、ちばてつやの名作マンガ「のたり松太郎」を彷彿とさせるし、手のつけられない不良の主人公がスポーツに邁進して成長する姿を「あしたのジョー」や、映画の大ヒットも記憶に新しい「SLAM DUNK」と重ねる視聴者も多い。なお、「大相撲版『SLAM DUNK』」という表現は公式動画内でも用いられている。
湿度の高いバイオレンスドラマから痛快なスポーツ・格闘技ドラマへの鮮やかな転換こそ、本作の唯一無二の魅力だと言えるだろう。
若手とベテラン、そして力士役のキャスティング
キャスティングの妙も光る。『HiGH&LOW』シリーズやドラマ「獣になれない私たち」などに出演してきた一ノ瀬ワタルは、いかにも悪童といったたたずまいと愛嬌を兼ね備えた存在だ。彼なくして本作は成立しなかっただろう。相撲に一途な愛情を捧げる若手力士役の染谷将太、一本気な新聞記者役の忽那汐里も好演している。
強面なのにどこか人を食ったところのある親方役のピエール瀧、しとやかさとしたたかさを兼ね備えるおかみ役の小雪、相撲愛に満ちたベテラン新聞記者役の田口トモロヲ、息子を愛する愚直な父親役のきたろう、「日曜劇場」的な小悪党ぶりを見せる親方役の松尾スズキ、家父長制の悪しき部分を煮詰めたような親方役の岸谷五朗など、主人公の脇を固めるベテラン勢の顔ぶれも多士済々だが、なんといっても奔放すぎる母親役の余貴美子には驚かされた。
驚かされたといえば一ノ瀬と同様にオーディションで選ばれた力士役の面々だ。なかでも憎らしいのになぜかユーモラスな兄弟子・猿河を演じた義江和也に注目したい。日大相撲部出身で漫才コンビを経て、本作で俳優デビューを果たした。猿桜に目をかける兄弟子・猿谷を演じた澤田賢澄(彼は元力士)とともに、これがデビュー作とは思えない演技力と存在感を見せている。
「相撲」を見せることの難しさ
これまで相撲を題材にした映画・ドラマはけっして多いとはいえない。まず難しいのは、大相撲の力士役を集めることだ。本作は一ノ瀬をはじめとする猿将部屋の力士を演じた俳優たちが1年以上にわたって身体づくりと相撲の稽古を重ねることで、この難問をクリアした。力士そのものの見た目を持ち、相撲のぶつかり合いの激しさを全身で表現する彼らは、本作に大相撲のリアリティーを与えつつ、ストーリーの核となる巧みな演技を見せるという離れ業を見せている。
土俵にカメラを上げてしまうカメラワーク、血と汗とよだれが飛び散る超スローモーションのぶつかり合い、広大なセットとVFXで再現した国技館(作中では「国技会館」)など、これまで見たことのない形で相撲を見せていく映像表現も楽しい。
伝統と格式を重んじる世界にあるタブーに、果敢に挑む姿勢も評価されていいだろう。日本相撲協会の公式な協力がなくても、描きたいことは描く。だから面白い作品ができるのだ。なお、本作には性的な表現もあるが、インティマシー・コーディネーターが導入されている。
「サンクチュアリ -聖域-」は、日本のドラマもここまでやれるということを見せてくれた。まだまだドラマとして描かれていない部分も多いので、ぜひともシーズン2の制作を期待したい。(大山くまお)