なぜ沼る?映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は何がそんなに面白いのか
映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』が異例のヒットを記録している。興行収入は3週連続で前週比アップ、累計成績は興収11億5,000万円を突破した。ソーシャルメディアを含む口コミが多く、リピーターも増加しており、今後も盛り上がりは続くと見られている。「ゲ謎」という呼び方も定着しつつあるようだ。大人向けのホラーミステリーに振り切り、物語に奥行きもある『ゲゲゲの謎』。いったい何が面白いのか、その魅力をひもといてみたい(※一部ネタバレを含みます)。(文:大山くまお)
あらすじ
水木しげる生誕100周年を記念した本作は、水木の代表作「ゲゲゲの鬼太郎」TVアニメ第6期の前日譚と位置づけられる。幽霊族の生き残りの少年・鬼太郎の誕生につながっており、“目玉の親父”になる前の鬼太郎の父と人間の青年・水木が出会って活躍する物語である。
昭和31年、帝国血液銀行に勤める水木は人里離れた哭倉村(なぐらむら)を訪れる。日本の政財界を牛耳っていた龍賀家の当主が急逝したためだ。しかし、閉鎖的な旧家で龍賀家の跡目をめぐる凄惨な連続殺人事件が発生。犯人として捕らえられたのは、行方不明になった妻を探している鬼太郎の父だった。やがて二人は龍賀家と村に隠されていた恐るべき怪異と秘密を知ることになる。
水木と鬼太郎の父、バディの魅力
『ゲゲゲの謎』はバディものの魅力に溢れている。権力志向で出世への野心を隠さない水木は、タバコを欠かさないスーツ姿のサラリーマン。一方、ひょうひょうとした雰囲気をまとう鬼太郎の父は、温泉を愛する幽霊族の末裔。そんな正反対の二人がお互いの目的のために手を組むことになる。吸いかけのタバコを回して吸ったりするなど、バディならではの表現も用意されているのが心憎い。
立場も出自もまったく異なる二人の大きな共通点は、心に大きな傷を負っていることだ。水木は戦時中に理不尽な玉砕命令を受けながら生き残った経験があり、いつも悪夢にうなされている。鬼太郎の父は妻を含む幽霊族の同胞が人間に狩り尽くされたことで、人間相手に心を閉ざしている。いわば弱さを抱えた二人が友情を芽生えさせながら、強者が隠し通そうとする真実に迫っていく。だからこそ魅力的なバディになったのだろう。
ホラーとしての魅力と活劇としての面白さ
『ゲゲゲの謎』は『犬神家の一族』をはじめとする横溝正史原作、市川崑監督の一連の作品を思わせるホラーミステリーであり、龍賀家の人々が一人ずつ殺されていく様子は禍々しさに満ちている。殺人事件のほかにも、村の不穏で重苦しい雰囲気や昭和30年代の殺伐とした空気などは、古賀豪監督がこだわり抜いた演出や美術などからも伝わってくるはずだ。
活劇としての面白さも見逃せない。ことに鬼太郎の父と龍賀家に使える陰陽師集団・裏鬼道との戦いは、手描きアニメの躍動感と迫力に満ちている。また、これは私見だが、闇に包まれた生業が行われている場所へ潜入した主人公がバディとなり、暗殺集団と戦いつつ、家に隷属するヒロインを救い出そうとする……というストーリーの構造が『ルパン三世 カリオストロの城』とよく似ていると感じた。
戦中から戦後への視座
『ゲゲゲの謎』には単なるファンタジーにとどまらない、戦中から戦後の日本に対する視座がある。水木の従軍経験は、原作者・水木しげるが自らの壮絶な戦争体験を描いた「総員玉砕せよ!」を元にしたものだ。無意味な犠牲を強いる玉砕命令と自分だけ逃げようとする上官、無駄死にしていく戦友たち。『ゲゲゲの謎』でも人間を人間として扱わない日本軍の非道ぶりが克明に描かれている。
そして、その構造は戦後も変わっていなかった。おぞましいほどの家父長制が敷かれた龍賀家では女性や子どもが家長に搾取されいていたが、それは特別なことではなかった。龍賀家は近現代の日本のニーズに応えて力をつけた一族であり、日本そのものが弱者を踏みつけて搾取した果てに繁栄を築いていたことが物語の中で示されている。血の色に染まった巨大な桜の木は見事なメタファーだ。
水木の変化と鬼太郎の父の思い
水木は物語の冒頭、列車の中で咳き込む子どもがいてもタバコを喫おうとしていた。昭和の男はそうだったといえばそれまでだが、弱い者を踏みつけにしても構わないと思うタイプの男だった。そんな男がどうやって戦中から戦後へと敷かれたレールから降りることができたのか、鬼太郎の父が生まれてくる我が子と未来についてどんなことを思っていたか、そして長く人々に愛される鬼太郎がどのように誕生したのか。そんなところも『鬼太郎誕生』が持つ魅力だと言えるだろう。
なお、パンフレットに掲載されているキャラクターデザインを担当した谷田部透湖による「叶わない夢を見る親父」と書かれたラフスケッチが素敵なので、本作を愛する人にはぜひ見てもらいたい。