ウディ・アレン新作『サン・セバスチャンへ、ようこそ』を映画館で観るべき、たくさんの理由
ウディ・アレン信奉者のラジカル鈴木です。ちょっと前までは1年に1本のペースで観られたアレン作品ですが、2020年に完成していた"Rifkin's Festival"が『サン・セバスチャンへ、ようこそ』の邦題でやっと日本で公開、うれしい! 観たかった~。ウディの近年の作品はホームグランド、ニューヨークを飛び出し、風光明媚(ふうこうめいび)なロンドン、パリ、ローマ、バルセロナとヨーロッパの景色を楽しませてくれたけど、本作はスペイン・バスク州のサン・セバスチャンで毎年9月に開催される映画祭が舞台です。(絵と文:ラジカル鈴木)
“じんせい”を振り返る、魂の祭り
主人公は大学の映画科の教授で小説を書こうとして苦戦しているアメリカ人のリフキン。原題は"リフキンの祭り"。訪れたものの映画祭をあまり楽しめない彼にとっては皮肉なタイトルですが、この旅が、それまでの人生を振り返り、のちへの転機となったであろう貴重な体験となる。そういう意味でこれはまさに彼の"フェスティバル"なんですね。
日本公開まで長かったのは、ウディが本国アメリカでいろいろあって2019年以降作品が撮れなくなって、拠点がヨーロッパになったのも関係あるでしょう。しかし、どんな境遇でも、環境が変わっても、一貫した語り口とテーマはブレてなくて、今作も長年のファンなら大満足なはず。「映画が撮れなくなったら脚本を書くし、それも出来なくなったら戯曲を書く。小説なら紙とペンがあればいいし」素晴らしいウディの言葉。周囲に雑音があっても、どこ吹く風で、死ぬまでマイペースで創り続けるんでしょうなあ。
名画ファンのための映画
ウディと同世代の監督、マーティン・スコセッシは、先の映画の巨匠たちへのリスペクトとしてさまざまな研究、後進への指導、作品の保護や再生活動したりなんかしてますが、ウディ流の巨匠たちへの恩返しは、ダイレクトに自分が受けた影響を作品に織り込むことなんですね。
本作ではリフキンの深層心理、妄想や心象風景が、イングマール・ベルイマン、フェデリコ・フェリーニ、ルイス・ブニュエル、オーソン・ウェルズ、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、クロード・ルルーシュらの作品の有名なシーンと重なり、パロディというかオマージュとなって現れます。往年の名画の知識がそれなりにないと、理解が難しいかも……いや、違うなあ、この映画が若い人たちへの名画への興味の入口になると良いです。あのシーンの元ネタは、どんな映画だったのか? そしてこのシーンはどんな意味があったのかな? って。僕も過去、そうだったですからね。
昨年亡くなったジャン=リュック・ゴダ-ルや、クロード・ルルーシュなんかは同世代の人たちですが、ウディは自分なんか足元にも及ばない、と卑下し謙遜します。いやいや、でも彼らよりもはるかに沢山の作品を撮っているし、まだ現役だし、ワン・アンド・オンリーの世界観を確立してる名人ですよーと僕は思います。
毎度の絶妙なキャスティング
チビハゲデブ(失礼!)のおっさん、ウォーレス・ショーン主演ってのがイイ。めちゃ共感できる。僕ならすぐ友達になれそうな(笑)。ウディよりも背が低いようだし。たくさんのウディ作品の主人公と同様、ほとんど彼の分身です。
前作『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(2020年劇場公開)のティモシー・シャラメ君が扮する主人公も性格は内向的で名画や文学、ジャズ、オールドNY文化が好き、とまんまウディだったけど、若過ぎてちょっと説得力がなかったからね~、実際にはこんな子いないだろうって思っちゃって。
ウォーレス・ショーンは『マンハッタン』(1979年)で、ダイアン・キートンの元夫でセクシーで精力絶倫とさんざん聞かされていたけどバッタリ会ってみたら貧弱なショボいオヤジで、ヒトの主観はさまざまだ……というギャグのオチ的ワンシーンにキャスティングされてました。これが舞台役者だった彼の、映画初出演。
『ブロードウェイのダニー・ローズ』(1984年)では史上最低の芸人、子供からもヤジが飛ぶ腹話術師のバニー・ダンに扮しウディ演じるダニー・ローズの代わりにマフィアにボコボコにされちゃったり、資料にも載ってないほどの端役。他ウディ作品でも、ちょっとだけ印象に残るチョイ役ばかりだけど、常連ではありました。他でも映画でのキャリアを重ねてきたたようですが、時を経てついに主役は素晴らしいですよね。
熟年のサエない男が少年のように恋にあたふたするさまが可笑しい。結局人間は一生、本質的には成長なんかしないですからね~。
フランス人映画監督の広報の仕事をしているリフキンの妻には、90年代に『バウンド』(1996年)でカッコいいセクシーなお姉さんとして一世を風靡したジーナ・ガーション。歳を重ねイイ熟女々優になったなあ、61歳か。ラテン系かと思ったらユダヤ系のヒトだったんですね。このミスマッチな夫婦、行く末が案じられます。
現地のお医者さんに扮するエレナ・アナヤはスペインの女優で、48歳。『ヴァン・ヘルシング』(2004年)で吸血鬼の花嫁のひとりを演じてました。そのキュートさにリフキンならずとも恋しちゃいますな。スペイン女性はエキセントリックで気性が激しく、アップセットすると早口で激しくまくし立てるっていうのは、いつものウディのタッチですね。
そして、あの名怪優クリストフ・ヴァルツが、クライマックスであっと驚く役で登場します! そう来たかあ~!!
円熟、でも瑞々しい
こんな印象は近年の作品同様に変わらず。そして、自らを総括しようとしている感じは『カフェ・ソサエティ』(2016年)もそうだったけど、そりゃ人間80代じゃなくても、高齢になればそうなるよね。
残された時間が減っているにもかかわらず、彷徨う魂の映像化。主人公がそれまでの人生を振り返り、そして再生するまでのお話は、『スターダスト・メモリー』(1980年)、『私の中のもうひとりの私』(1989年)を想い出す。併せて観て欲しいです。インスピレーションの元はやっぱり、本作でも引用されているイングマール・ベルイマン監督の『野いちご』(1957年)なんでしょうね。
悲劇なのか喜劇なのか、バッドエンドなのかハッピーエンドなのか、曖昧なエンディングになっていますが、それがリアルな"じんせい"でしょう? そういうワケで今回も、万人にとっての普遍的なテーマなので、誰でも理解出来るはずです。
日本に来たことがないウディですが、世界の都市を舞台に作品を撮ってるのだから、アジアも含め新たな場所にも進出して、東京、もしくは京都? でも舞台に、ロマンティックな1本を撮ってほしいもんです。リスペクトする黒澤明をはじめ溝口健二、稲垣浩、成瀬巳喜男、小津安二郎ら、日本の名画は大好きって言っていますし。
『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)は観たけどウディ映画は何やら難しそうでとっつきにくい、と思っているあなた! インテリで理論派、と思われている彼ですが実は真逆で、どの作品も理論を嘲笑し、アタマで理解出来ないものこそ本物である、とずっと言ってるんです。すでに次の作品『Coup de Chance』(訳すと"幸運の兆し")も完成、フランスで公開されてるけど、なんと全編仏語のサスペンス映画なんだそうな! こっちも早く観た~~い! そんなワケで本作はじめ他の膨大な傑作群を観る気にちょっとでもなってもらえたらうれしいんですが。まずは『サン・セバスチャンへようこそ』をスクリーンでどうぞ!
"人生は無意味。でも、空っぽである必要はない"
ラジカル鈴木 プロフィール
イラストレーター。映画好きが高じて、絵つきのコラム執筆を複数媒体で続けている。