時代を超えるサムライ!新生「鬼平犯科帳」観たらすごかった
提供:日本映画放送
世界に発信できる日本のコンテンツは、アニメや怪獣映画だけではない。サムライやニンジャは時代も国も超えて大人気で、海外で製作された日本が舞台の大型時代劇も世界的に注目を浴びている。そんな中、日本の撮影所の伝統と最新の技術を結集した本格時代劇、劇場版『鬼平犯科帳 血闘』が、5月10日に劇場公開される。2023年に生誕100年を迎えた時代小説の大家・池波正太郎の大人気原作を、「鬼平犯科帳」SEASON1として、スタッフもキャストも一新してテレビスペシャル1作品、劇場版1作品、連続シリーズ2作品を8年ぶりに映像化。江戸市中内外の凶悪犯罪を容赦なく取り締まる“鬼の平蔵”こと主人公・長谷川平蔵を演じた十代目・松本幸四郎が、見たらハマること間違いなしの本格時代劇、新生「鬼平」の魅力を語った。(取材・文:天本伸一郎 写真:高野広美)
「鬼平」が世代を超えて愛され続ける理由とは?
池波正太郎が1968年に発表した時代小説「鬼平犯科帳」は、「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」と並ぶ、池波の三大シリーズの一つ。映画以外にもテレビドラマ化、舞台化、漫画化、アニメ化もされている。幸四郎が「本当にご縁のある特別な作品」と語るとおり、1969年の最初のテレビドラマで初代・長谷川平蔵を演じたのは、幸四郎の祖父である八代目・松本幸四郎(初代松本白鸚)。その祖父は、池波が江戸時代中期に実在した火付盗賊改方(放火や盗賊などの凶悪犯を取り締まる役職の武官)の長谷川平蔵を主人公として書き始める際に、人物造形のモデルにしたとも言われている。
長谷川平蔵役はその後、丹波哲郎、萬屋錦之介、そして特に当たり役として知られる幸四郎の叔父の二代目・中村吉右衛門に受け継がれてきた。幸四郎も「リアルタイムで見ていたのは叔父の演じた鬼平で、ただただかっこよかった」と振り返る。大役を受け継いだわけだが、「かっこつけた言い方になりますが、運命かなと。それに映像作品の時代劇として、新たな時代にも生き続けてほしい作品でした」と迷うことなく出演オファーを快諾したという。
歴代の「鬼平犯科帳」は、原則的には池波の原作のみを映像化しており(一部、他の池波作品からの転用あり)、同じ物語でも新たなスタッフとキャストがそれぞれの切り口で見せることで、ファンを楽しませ続けてきた。長年愛され続けてきた理由を幸四郎は次のように語る。
「一言で言うなら、悪事を働く悪人を、長谷川平蔵を長官(おかしら)とした火付盗賊改方たちが捕まえる勧善懲悪。でも悪人それぞれの人となり、人間性がきちんと描かれている。また、現代と違って、情報ですら直接会って話さなければ何も得られない時代ですから。人と人が直接会うからこそ生まれる人間ドラマで、それは普遍的なものですし、人として大事な何かを感じてもらえるはずです」
不良少年から警察組織のトップに上り詰めたような人物
幸四郎が五代目・長谷川平蔵を務めた「鬼平犯科帳」SEASON1は、すでに第一弾のテレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」が時代劇専門チャンネルで1月に初放送され大注目を浴びた。
テレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」では、火付盗賊改方の長官に就任した長谷川平蔵が、青春時代を過ごしていた町・本所を見廻り中に、かつての道場仲間で親友でもあった岸井左馬之助に再会。ふとしたことから若かりし左馬之助の淡い想いに絡む哀しい悪事が明らかとなる。劇場版『鬼平犯科帳 血闘』は、長谷川平蔵が銕三郎時代、“本所の銕”の異名で恐れられ放蕩無頼な暮らしを送っていた若き日の事件が発端となる。エピソード0のような物語も交えて描かれるため、テレビスペシャル未見でも十分楽しめる。劇場版では、複雑な家庭環境から道を踏み外しかけていた、いわば不良少年時代を知る者たちが、時を経て一方では味方、一方では敵として現れ、平蔵を最大の窮地に追い込むことになる。
平蔵は現代でいえば、不良少年が更生して警察組織のトップにまで上り詰めたような人物だが、「悪かった過去をなかったことにせず、その過去も含めて長官になっただけ。悪いこともいいこともしてきたし、失敗したり騙されたりもする。それも全部自分だという生き方をしているのが、彼の強さであり、魅力だと思います。完璧な人間ではないし、絵に描いたヒーローではない」と幸四郎が語るように、その人間味溢れるキャラクターこそ大きな魅力となっている。平蔵は元盗人を密偵として使うことも多い。その善も悪も受け入れ清濁併せ呑む度量の大きさは、何かと窮屈な現代にこそ、より魅力的に映る。今回の新たなスタートは、時代が求めた必然かもしれない。
「平蔵は、自分も悪いことをしてきたから、悪人の気持ちがわかるわけではありません。善人も悪人もフラットに、まず人として向き合って正対する。それで本心を引き出したり、導いてあげたりということができるんです」
どれだけ怒りを刀にのせた殺陣ができるか
今回、新しく変えようと意識したことは一つもなかったという。「池波先生の原作は一緒でも、大森寿美男さんの脚本や山下智彦監督の演出をはじめとした今のチームの感覚で、作品をすごいものにするために最適な表現を狙っただけです」という幸四郎の言葉からは、本作の新たな座組であれば、自ずと新しい「鬼平」ができるという確信が伝わってくる。
ただ、自分の中での大きなテーマはあり、「とにかくアクション、立ち回りをたくさんやりたいと。それも正統の奇をてらわない理にかなった殺陣で、どう迫力を出し、驚いていただけるものを作ることができるのか。これだけ平蔵が感情的になるのは、原作の中でも数少ないので、どれだけ怒りを刀にのせた殺陣をできるかを目指しました」と語るように、本作では全編に大迫力の立ち回りが満載。まさに「血闘」のタイトルに偽りなしの血で血を洗うような死闘が、大スクリーンで展開する。最初にこれだけすごい活劇を見せられたら、ファンにならずにいられない、池波作品はもとより時代劇の入門編としても最適の映画だ。
また、本作では銕三郎を名乗っていた若き日を、長男の八代目・市川染五郎が演じているのも見逃せない。声も姿も似ている染五郎が演じることで、観客としても同一人物として受け入れやすいが、幸四郎としては「打ち合わせなしに同一人物を演じられるのは、親子ならではだと思うので、それを突き詰めようと思いました」とのことで、舞台とは違う映像作品における時間の使い方やオンオフの切り替え、瞬発力を長時間維持することなどの体験談はしても、具体的な芝居自体のアドバイスはしていないという。本編でその芝居を見た感想を聞くと、「これまでに見たこともない顔を見ることができたし、今の彼の持っているものを引き出していただけた。すべてのスタッフの方々に感謝です」と少し照れ臭そうに微笑む。
気付かれないほどの完成度を目指した最新VFX
現代で撮る時代劇だけに、様々な最新技術も駆使しており、特撮作品や『シン・ゴジラ』などで知られる尾上克郎がシニアVFXスーパーバイザーとして参加した。「尾上さんたちVFXスタッフの方々が目指していたのは、彼らの技術を使ったと気付かれないこと。少しだけ明かすと、平蔵の役宅(役所と住居を兼ねた官舎)回りの遠景は、ミニチュアとCGを組み合わせていますし、実景を組み合わせたカットもある。スタジオセットの中でも、背景はLEDパネルに背景映像を直接映したバーチャルプロダクションで、セットの中なのにロケ撮影と錯覚するほどで、役になりきる上でも助けになりました」と実在しない“リアル”な江戸の町の再現を行っている。それは自身にとってのもう一つのテーマである江戸弁ともつながる。
「本物の江戸時代を実際に知る人はこの世にいません。いかにイメージの世界で創り上げた江戸を、本物に感じていただけるように作るか。その一つの手段として、江戸弁にもこだわりました。こんな風にかっこよく、粋な感じで喋っていたんだろうなと思っていただけることを目標にしましたね」
そんな見どころ満載の映画を作り上げたのも、「本当に面白い時代劇を多くの人に見てもらいたい」「時代劇の火を絶やさぬために少しでも役にたちたい」という強い思いがあるからこそ。現代の観客に受け入れてもらうためにも、「鬼平」を真正面から作ることにこだわった。「みんなが着物を着て、刀を差して、ちょんまげを結ってという“非現実的な世界を楽しんでみませんか?”との思いがあります。現代的なコンプライアンスや制限もないし、ある意味全部ファンタジーですから、どんなこともできる。絶対に誰もが面白いと思ってもらえる力が時代劇にはあります」
「世界に堂々と打ち出せる、インターナショナルなコンテンツとしても最適だと思う」とも語る幸四郎。世界でも注目されている“サムライ”像を聞くと、「主君への忠義というのは、現代では共感しにくいでしょうが、親を尊敬するとか、家を守るという価値観は、変わらずありますよね。それに1つでもいいから、徹底して突き詰め邁進して、これだけは負けないという極めたものがあるのは、かっこいいし楽しいと思う。それこそ“サムライ”の生き方だと思っています」と後世に名を残すほど火付盗賊改方の仕事を極めた、長谷川平蔵にも通じる思いを明かしていた。
劇場版『鬼平犯科帳 血闘』は5月10日(金)劇場公開
(C)「鬼平犯科帳 血闘」時代劇パートナーズ
衣装:DbyD*Syoukei
ヘアメイク:林摩規子/スタイリスト:川田真梨子