自作をリメイクした『浮草』(1959)は夏の原風景に激しい愛情を映し出す作品
小津安二郎名画館
小津安二郎監督の「喜八もの」と呼ばれる人情劇である自作『浮草物語』(1934)をリメイクした『浮草』(1959)は、何度も生まれ変わったまれな作品である。「喜八もの」とは坂本武が演じる喜八が登場する庶民派劇。夏の原風景の中にさまざまな愛情を映し出した激しく美しい作品だ。
ほとんどの作品を松竹で手掛けた小津が大映の俳優を起用し、スタッフをほぼ一新、笠智衆をはじめ杉村春子といった小津組おなじみの面々に加えて京マチ子、川口浩、若尾文子など大映のスター俳優の出演で、撮影技術と演出の両面で様式化された小津作品の中では例外的な魅力を持っている作品だといえる。また歌舞伎役者・二代目中村鴈治郎を主役に据えたことで、ほかの小津作品にない力強さを獲得し「小津歌舞伎とも評されている」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)ほどに起伏に富んだ本作。当初は「大根役者」という題名で脚本が書かれ、舞台も雪の降る北陸だったが予想以上の積雪のため撮影を延期していたところ、大映の松山英夫常務からの強い希望で『浮草』として映画化が決定した。
旅回りの駒十郎(中村)の一座は夏の港町にとどまっていた。駒十郎はかつて懇ろだった飯屋のおかみ・お芳(杉村)との間にできた清(川口)を気に掛けて、この地で定期的に公演を行っていたのだ。駒十郎と連れ添っているすみ子(京)は駒十郎とお芳、清の関係に疑いを抱き、一座の若い娘・加代(若尾)に清を誘惑するように仕向ける。すみ子のもくろみはいったん成功したものの、加代と清は激しく互いを求めるようになり、これを知った駒十郎は激怒し、隠し通していた自分と清の親子関係を暴露してしまう。揚げ句、実の息子に拒絶された駒十郎は、再びすみ子と旅に出る。
日本初の国産カラーフィルムで撮られた木下恵介の『カルメン故郷に帰る』(1951)以降、小津のカラーフィルム導入は他の監督よりも遅れていた。自身のカラー映画初作品である『彼岸花』(1958)でも高いポテンシャルを発揮した小津。この『浮草』では日本映画の代表的なカメラマンである宮川一夫が撮影として参加したことで、ローアングルの固定カメラといった様式が部分的に見直され、小津作品らしからぬ俯瞰(ふかん)のカメラワークと強烈な色彩を得た。これに代表される冒頭の灯台を映したショットや赤いポストといった無人の画面にも、いっそうの存在感があるのも本作の特長。またすみ子と駒十郎が土砂降りの中、往来を挟んで痴話げんかを展開するシーンは本作の激しさを象徴する名場面である。雨の中の激しい口論を屋内からそっと盗み見るような視点によって映し出しており、カメラを人間的な存在としてうまく作品に溶け込ませている。
とある事件から一座が解散し、真っ暗な駅のホームで途方に暮れるすみ子と駒十郎。一貫して「ものの哀れ」を作品に投影してきたと語る小津が描いた男女の愛情の中でも、これほどつつましく寂しげな結末をたどったものもないだろう。(編集部・那須本康)