原節子のみずみずしい演技が光る小津安二郎『東京物語』(1953)
小津安二郎名画館
『東京物語』は尾道に暮らす老夫婦が東京に住む子供たちを訪ねる物語で家族の愛情のもろさと家族の死を取り巻く人間模様を描く。小津安二郎監督の名を国際的にした最も有名な作品。実際に国外で高く評価されたのは1958年のロンドン映画祭でサザーランド賞(現在は新人賞となっている)が初めてである。
東京へ出て行った子供の生活ぶりを確かめようと尾道から上京する周吉(笠智衆)ととみ(東山千栄子)の老夫婦。東京の郊外で精いっぱい生きる子供たちだが、日々の生活に追われ老夫婦を持て余してしまう。唯一、戦死した次男の未亡人・紀子(原節子)だけが二人を優しく出迎えてくれた。わが子に抱いていた期待を裏切られつつも満足して尾道に帰っていく老夫婦だったが、帰郷して数日後にとみが危篤状態になってしまう……。
「『明日は来らず』(レオ・マッケリー監督)に触発された」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)という本作。この物語は、年老いた母が出世したという息子を訪ねる小津の自作『一人息子』(1936)をも想起させる。過去作品や海外作品からの物語の借用が散見されるのも小津作品の重要な特徴の一つだ。
長女・志げ(杉村春子)が憎まれ役として好演。物語の主軸ではないが知人の沼田(東野英治郎)が、周吉と共に志げの家になだれ込んでくるシーンは、床屋のセットを利用した見事な喜劇を生み出している。また笠智衆はこのとき実年齢より21歳上の70歳の周吉を演じた。熱海では腰に座布団を入れての撮影だったという。小津は、演技に関して妥協しない監督として知られ、本作で三男・敬三を演じた大坂志郎は大阪弁がうまく表現できずに「改名しろ」と激怒されたというエピソードも伝わっているほど。
「……ああ、綺麗な夜明けじゃった」「今日も暑うなるぞ……」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)という、老いた妻が息を引き取ったときの周吉のせりふはなんともあっけない。荒涼とした尾道の夜明けを映したこの場面はせりふそのままの風景で、独りになってしまった老人の心情を視覚化したような不思議な魅力を持つ。説明的な表現を嫌い、人物の意図や感情を観客にくみ取らせる小津の演出が光る名場面だ。
カメラマン・厚田雄春にとって会心の出来であったという本作の撮影(原版のネガは現像所の火災によって失われてしまった)。現在残っているフィルムはプリントから復元したもので当時の絶妙な明暗は再現し切れていないそうだが、世界的な評価にたがわない美しい映像とドラマは今もなお人々を惹(ひ)きつけている。(編集部・那須本康)