渡辺謙、実生活と重なる父娘役「複雑な思いあった」
17日に公開される映画『怒り』の中で、娘に深い愛情を持ちながらも、真正面から向き合えない自分の弱さに憤りを感じる父親の姿をリアルに演じた渡辺謙。『許されざる者』に続き2度目のタッグとなる李相日監督と“ひたすら掘り続けた”という役を、自身の父娘関係を照らし合わせながら語った。
吉田修一のミステリー小説を映画化した本作は、1年前の未解決殺人事件を軸に、千葉、東京、沖縄を舞台にした3つの物語が紡がれる群像劇。千葉の漁協に務める洋平(渡辺)は、突然家出をし新宿・歌舞伎町で働く娘・愛子(宮崎あおい)を家に連れ戻し、穏やかな暮らしを送っていた。だが、突如現れた素性のわからぬ男・田代(松山ケンイチ)に愛子が恋心を抱き、洋平の心は揺れ動く。
ちょっとしたボタンの掛け違いによって、心の溝を深めていった洋平と愛子。微妙な父娘関係について渡辺は「男親と娘って、お互いにどこまで行ってもわからない。ぜんぜん違う生き物なんですね。不思議なギクシャク感がある。じゃあ、すごく嫌いかっていうと、決してそうではない」と自身の思いをなぞりながらひも解いていく。
「たまたま、この映画の撮影中に娘(女優の杏)が結婚したんですが、姓を変えて相手の家の敷居をまたぐ、みたいなことをすごく感じたんです。結婚までには至らないものの、劇中で『愛子も一人の女として、一人の男を愛したんだなぁ』と感じる瞬間があるんですが、それを見たときは複雑な思いがありましたね」としみじみ。
「この先、娘に何が待ちかまえているのか、不安もあるけれど、恋する娘の姿にはある種の神々しさもあって……とにかく、何でもいいから幸せになってくれればそれでいいっていう心境になるんですよね。そんな思いで愛子も見つめていました」と胸の内を明かす。ところで、もしも田代のような得体の知れない男が現れたら、親としてどう対処するのだろうか。
「無下に反対すると逆に火を付けるので、単純には否定しないですね。ただ、最終的な安全装置はしっかり握りしめながら、『おい、ちょっと待てよ』くらいは声を掛けるかもしれない」と冷静でありながらも、親として娘を守ろうとする強い気持ちが垣間見られた。
犯罪者かもしれない男に惹(ひ)かれていく愛子、その狭間で娘と真剣に対峙できぬまま右往左往する洋平、そして二人に降り注ぐ悪夢のような出来事……、このジレンマに観客は心を引き裂かれそうになる本作。「愛子の健気さに、洋平を演じている僕の心も崩壊しましたね。この映画に登場する人物全員が、何かに『怒り』をぶつけているのではなく、自分の胸を叩いているところがある。それがこの映画のメッセージではないでしょうか」。
渡辺が言うように、ぶつけようのない「怒り」のジレンマが、誰もが持ちうるやり場のない感情が、観る者の心を震わせ、そして魂を激しく揺さぶる。(取材・文:坂田正樹)
映画『怒り』は9月17日より全国公開