日活をやめて、FF初の実写ドラマを手掛けたプロデューサーの話
「ファイナルファンタジー」(以下FF)シリーズにおける初の実写ドラマ「ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん」を企画・プロデュースしている渋谷恒一氏。もともと渋谷氏は映画会社の日活に所属し、福田雄一監督の初長編映画『大洗にも星はふるなり』なども手掛けてきた人物でもあった。しかし、本ドラマを作ろうと思い立った時には、彼は映画・ドラマ業界とは全く関係ない職種に就いていた。彼の挑戦は、まさしくゼロからのスタートだった。
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◆FFを実写で作れるのは、きっとこの方法だと思った
以前は日活の編成部長を務めていた渋谷氏。今では福田組としておなじみのムロツヨシや佐藤二朗を、福田監督と相談し起用したというエピソードも持つ。だが紆余曲折の末編成部長からはずれ、さらに大病を患ったことから「いつ死ぬかもしれない状況で、このままここにいていいのだろうか。新しいことを何か始めたい」と日活をやめて、何もツテのないゲーム業界に入った。それから現在勤めているゲーム会社の営業担当者として働き始めた。
そして会社の共有掲示板で、同ドラマの原作にあたるゲームプレイブログ「一撃確殺SS日記」の存在を知る。オンラインゲームで、実の息子であることを隠して父親に接するプレイヤーがつづるリアルとゲームが入り混じる物語の面白さ。FFシリーズはFF1を発売日からプレイしていたという渋谷氏は「ニコニコ動画やYouTubeとかのゲーム実況を含めて、ゲームをプレイして楽しむ側の人を見て楽しむという文化ができている気がしていまして。まさにプレイヤーブログを読んでいて『これだ!』と思ったんですよね。FFを実写ドラマで作るって、僕にとってはこの方法なんじゃないかと思ったんです」と振り返る。
“美しいCGのキャラクター”映像をそのまま実写で作るのでなく、FFというゲーム体験を現実世界のプレイヤーを通して描く。「FFの世界観を映像化して観てみたいという気持ちは、みんなどこかで持っていると思うんです。その瞬間にプレイヤーの姿を描くということこそが、FFを映像化するアプローチとしてあり得るんじゃないかと思ったんです」。思い立ったが吉日と、すぐにブログの原作者であるマイディー氏にメールした渋谷氏。そのメールをした週末に「ファイナルファンタジーXIV」のソフトを購入し、ゲームの世界観を自らも体験していった。
◆実情を知っているからこそ、いつも頓挫すると思っていた
原作者のマイディー氏と初めて連絡を取ったのが、2015年の11月。その翌年である2016年の1月には大規模オンラインゲームとしてFFXIVを全世界に向けて開発/運営しているスクウェア・エニックスとの交渉が進む。このときも、自身のゲーム会社というアドバンテージを使うことなく、代表の電話番号に直接かけてアポを取るという真正面からの方法を取ったという。そしてスクエニからの返答は「いいドラマを作ってほしい」。むしろ「(ドラマをゲームの)宣伝にしないでくれ」と言われるほどの全面協力を得られたという。ドラマでは「FF3」の画面も登場している。
それから渋谷氏は原作者のマイディー氏や、ゲームのプレイヤー仲間と共にドラマの実現に向けて駆け抜けた。彼らがたどった製作やキャスティングなどの経緯については、マイディー氏のブログ内でも「光のぴぃさん」として紹介されていった。「光のぴぃさん」の連載が始まったのは、2016年の4月。そのころにはすでにドラマの企画が固まっていたと思いきや、実はまだ企画倒れになる可能性が十分にあったという。
「実情を知っているから、常に実現しないという思いしかなかったです」と明かす渋谷氏。「みんなが僕に『ドラマ化できると思っていませんでした』と言ってきたんですよね。でも僕が一番『ドラマ化できると思っていなかった』でしょうね。僕は映像の世界にいて、いろんな企画を立ち上げてきて、何割くらい成立するかはわかっているんですよね。今の会社ではドラマ制作の実績もありませんし、一度つまづいたプロデューサーなんですよ。なので誰も僕に力を貸さないだろうし、実現しないと思っていたんです。実現させたいという思いは誰よりもありましたが、でもその反面僕が一番リアルに考えていたはずです」。
だが結果は、ドラマ化は原作者やスクエニの協力を経て実現した。今では当初から予定されていたMBSやTBSのほかにも、HBC(北海道放送)、RKK(熊本放送)と徐々に地上波での放送枠を増やしつつある人気ぶりも獲得している。さらにネット独占配信を行っているNetflixで、スピンオフドラマを作ることも決定した。スピンオフはさらに自由度が増した作品になる予定だという。「今放送しているドラマは25分中、ゲーム映像だけで構成されるパートは5分くらいしかないのですが、もしもそのパートだけで作った話を作ったらみんなびっくりしないかな、と。ネットならではの柔軟性を生かしてみようと思っています」。渋谷氏の挑戦はまだ続いている。(取材・文:編集部・井本早紀)