幻想的な“生き物”を舞台に生み出したダンサー その過酷すぎる役づくり
19世紀アール・ヌーヴォーの時代、大輪の花のように舞ったダンサー、ロイ・フラーの人生を描いたフランス映画『ザ・ダンサー』。ロートレック、ロダン、コクトーら芸術家をも虜にした彼女の幻想的なダンスを本格的に映像化するため、徹底した肉体づくりで役に挑んだミュージシャンのソコがその苦労などを語った。
女性によるダンスが卑しいものとされていた時代に、ロイは夢中でシルクのドレスや照明を用いたダンスを創作した。「彼女は情熱的で、同時にとても傷つきやすく、少し自滅的な人。彼女の日々の闘いは、魔法を生み出し、美しいものを生み出すことだった。ロイはとりわけ外見に自信を持てずにいた。でも、そういったことを強みに変えていったの。彼女の場合、外見を美しいシルクのドレスで覆い、自分自身を隠した。照明などをたくさんつかって抽象的なフォルムを作り出し、舞台に幻想的な“生き物”を生み出した。それが観る人の心をつかんだ」と解釈するソコ。
誰もが心を奪われるようなそのパフォーマンスを「私自身がやる必要があると思った」というソコは、監督にダンスの代役は必要ないと自ら告げたのだという。しかしながら、決してダンスに自信があったわけではなく、むしろ「ゼロ以下のスタート」だったそう。「5歳から15歳くらいまで少しダンスをしてたけど、すごくヘタクソだった。自分の体型が嫌いで仕方なかったの。クラスの中で私はカバみたいに太っていて、どんくさくてちっとも優雅じゃないから、いつもクラスの後ろのほうにいたわ。まずはそのトラウマを取り除くことから始めなきゃいけなかったのよ。でも、だからこそ、監督もこの役がわたしに適していると思ったんだと思う。ロイは負け犬みたいな役だから」と笑う。
そうしてはじまった過酷なトレーニング。「まずは毎日2時間の肉体づくりからね。10分間走っては、(大きなうめき声で)『もういや、死んじゃう』って叫んだりしたわ」。肝心のダンスは、20年ほどロイのダンスを研究してきたジョディ・スパーリングをコーチに迎え、およそ1か月間、1日6時間の特訓を重ねたのだという。「毎朝、身体の痛みがひどくて、目が覚めては泣いていた」というほど、その練習は酷烈だったそうだが、それがロイの精神を理解するのにも役立ったそう。
「ダンスの特訓が、私の外に2枚目の皮膚を作っていったと思う。どうやって彼女が動いたのか、どうやって彼女の身体が痛んだのかとか、すべて同じ経験をすることでね。体が感じていることを心も感じるから、ロイの感情を自然と知ることができた」。“実際に経験する”というのは、本番でも同じだったようで、「3メートルもある高さの舞台で踊れば、おのずと恐怖心もでてくる。きつい照明で何も見えない中、足元にはってある目印のテープだけが頼りで、『ファック! どうかここから落ちて死にませんように』って、祈りながらパフォーマンスしてたわ(笑)。だから演じる必要もなく、感情が湧き出ていた」と打ち明ける。
ロイは当時、友人のトーマス・エジソンが勧めたにもかかわらず、自らの踊りをフィルムに残すことを拒んだ。しかし今回、ソコの並々ならぬ努力によって、ロイの幻想的な舞いがスクリーンのうえで息を吹き返すことになった。(編集部・石神恵美子)
映画『ザ・ダンサー』は6月3日より新宿ピカデリーほか全国公開