悪はとても巧妙だからこそ、人を惹きつける…20世紀の悲劇を乗り越えるものこそ芸術
2016年の第73回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)を獲得した映画『パラダイス』のジャパンプレミア上映会が5日、TOHOシネマズ六本木ヒルズで行われ、メガホンを取ったロシアの名匠アンドレイ・コンチャロフスキー監督と、主演女優で妻のユリア・ヴィソツカヤが登壇。コンチャロフスキー監督は「約30年ぶりの日本ですが、前回の来日は絶対に忘れられません。あの黒澤明監督が富士山を背景に、私にお寿司を握ってくれたのです」と黒澤監督とのエピソードを振り返りつつ、最新作に込めた熱い思いを語った。
1937年、ロシアで指折りの芸術一家に生まれたコンチャロフスキー監督。アンドレイ・タルコフスキー監督作の共同脚本を担当していたほか、第32回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞した『シベリアーダ』(1979)や、黒澤監督の脚本を基にしたパニック映画『暴走機関車』などで知られている。「私の祖父は画家でしたので、小さい頃から葛飾北斎や安藤広重を見てきました。日本文化は、私にはとても近しいもの」とコンチャロフスキー監督。
前作『白夜と配達人』(2014)も第71回ベネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いており、「近年、異なるタイプの素晴らしい作品を連発ですね」という進行役の投げかけに、コンチャロフスキー監督は「映画監督には、ミケランジェロ・アントニオーニや小津(安二郎)のように同じものを撮り続けるタイプと、コメディーや悲劇などさまざまなジャンルを撮る黒澤監督のようなタイプがいると思うんですが、私はずっと、黒澤監督をお手本にしているんです」と応じ、「『デルス・ウザーラ』(黒澤監督のソ連・日本合作映画)編集中の黒澤監督にお目にかかり、その14年後に黒澤監督脚本の『暴走機関車』を自分が撮ることになろうとは思ってもいなかった」「フランシス・フォード・コッポラ監督から黒澤の脚本で映画を撮らないかとすすめられ、イスから転げ落ちそうになりました」と笑う。
さらには、富士山を背景にコンチャロフスキー監督が黒澤監督と談笑する写真パネルも登場。コンチャロフスキー監督は当時について「お刺身やお寿司を黒澤監督がつくってくれて。ウォッカを飲み始めたら、レーニンについて議論が始まりました。周囲はとても心配顔でしたね」「黒澤監督は、機関車の車輪はこうすべきだと図に書いてくれて。素晴らしい思い出がいろいろありますよ」などと、楽しい思い出を明かした。
今回、ジャパンプレミアを迎えた最新作『パラダイス』は、第二次世界大戦下のナチス時代のドイツとフランスが舞台に、ナチスのユダヤ人襲撃から子どもたちをかくまった罪で捕らえられたロシア人女性オルガ(ユリヤ)、刑務所で働く親ナチスのフランス人ジュールス、かつてオルガに恋したナチス親衛隊のドイツ人ヘルムートの3人が、混沌の時代の中で交錯し、自身が直面した現実をスクリーンに告白する姿から、それぞれの正義と罪を描き出す。
本作の意図を問われると、「人々がいつも幸せでいたいと望むのは当然のことでしょうが、ある民族の幸せが他の民族の犠牲の上に成り立つ、と考えてしまったのが20世紀の悲劇だったのではないか」と述べたあと、「今は政治的に、とても複雑な時代になりました。私が懸念するのは、悪の誘惑ということ。悪はとても巧妙だからこそ、人を惹きつける。理想を盾に、今もひどいことが続いています。芸術が(立場の違う)双方の理解を助ける手助けになるのではないか」と自説とともに作品を語った。この日は、ロシアの芸術・文化を海外に発信する一大プロジェクト「ロシアンシーズンズ ジャパン 2017」の日本開催を記念し、その皮切りとして来日プレミア上映会が行われた。(取材・岸田智)