菊地凛子から「わたしは怪物?」と問いかけられたエピソードをトラン・アン・ユン監督が明かす
『青いパパイヤの香り』などで知られるベトナム人監督トラン・アン・ユンが25日、Apple 銀座で行われた「フランス映画祭2017マスタークラス」に『恋人たち』の橋口亮輔監督とともに来場、その創作の哲学について語った。
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「フランス映画祭2017」のゲストとして来場したトラン監督と、橋口監督は1962年生まれの同世代。1996年のロッテルダム国際映画祭で、是枝裕和監督を含めた3人が同世代ということで意気投合。「『渚のシンドバッド』という映画は運よくタイガーアワードという賞をいただいたんですが、そのときの審査員がトラン監督でした。だからお友だちと言うと失礼かもしれないけど、すごく親密な感じがします」と語る橋口監督に、トラン監督も「僕は『渚のシンドバッド』が、涙が出るほどに大好きで。結婚式で音楽を流したくらいですよ」と応えてみせた。
トラン監督の最新作『エタニティ 永遠の花たちへ』(今秋に日本公開予定)では物語性を極力排除、シナリオは簡単なものしか用意せずに、撮影現場で何を撮るかを決定。人物の感情や心の動きにじっくりと向き合った作品となっている。トラン監督も「今回は、撮影現場で自分が何を撮っているのかも分からなかったし、これでいいのかどうかも分からなかったから怖かった。でも今回こういうやり方にした理由は、観客の心に思いもよらなかったような感情を呼び覚ましたかったからなんです」とその理由を明かしてみせた。
『エタニティ 永遠の花たちへ』にはオドレイ・トトゥ、メラニー・ロラン、ベレニス・べジョといった有名俳優たちが出演しているが、それを踏まえて、「とてもリスキーなことをなさっていると思う」と語った橋口監督は、「普通はこれだけの大スターが出ていたら、ドラマチックにしようとしますよ。ほとんどこの作品は登場人物の内面に踏み込んでいく作品なんですね。自分が感情移入すればするほど、この女性はこんなことがつらかったんだとか、ドラマチックにしたくなるものなのに、トラン監督はそこに距離を置いてじっくりと見つめていく。それはまさに挑戦的だなと思いました」と感心した様子を見せた。
そこから「映画というものは、まるで自分を鏡で見るように、自己を投影するものなんです」と語ったトラン監督は、「自問自答して、そこから喚起されるものが映画の感動だと思う。『体験する』ことは、人生に起こったことに従うこと。『表現すること』は人生について考えて描くこと。そういう意味で、映画の中の表現にこそ、人生よりも深い真実があるものなんです」と付け加える。
そして「ここで美しい物語を紹介しましょう」と続けたトラン監督は、『ノルウェイの森』撮影終了後、食事会の場に菊地凛子が来て「わたしは現実や実生活で泣くよりも、映画の撮影で泣く方が本当のように感じるんだけど、わたしは怪物なのかしら?」と質問されたというエピソードを紹介。「その時、僕は凛子さんの顔を見て、ほほ笑みながら『君と僕はアーティストなんだ。表現者にとって、映画は本当なんだよ』と言いました。つまりわたしたちにとっては、表現の方が体験よりも本物なんです」と付け加えた。
さらに「(映画で表現の)奇跡を起こすためにはたくさん努力をしないといけない。わたしたちの仕事にはたくさんの計算が存在します。よくクリエーターで、真摯(しんし)な心をもってクリエイションすると語る人がいるけど、僕はそれは疑問に思っている。むしろその感情がわき起こるように、目いっぱい計算して、最終的に感情が真摯(しんし)なものとなるように準備するのがわたしたちの仕事なんだから。そうやって計算し尽くしたからこそ、お客さんにも深い感動を届けられるんだと思う」と説明。独特の美学を持つ詩的なトラン監督の世界観の一端が垣間見えるトークショーとなった。(取材・文:壬生智裕)