若い女性の惨殺事件からムスリムへの差別を描く「ナイト・オブ・キリング」評<全1シーズン>
厳選!ハマる海外ドラマ
世界各地で頻発するソフトターゲットを狙ったテロ。それに報復する形での反イスラムテロも起こるなど、日々世界はどうなってしまうのかと不安は増すばかり。近年、アメリカのドラマでは「24-TWENTY FOUR-」系の派手なアクションではなく、日常にはびこる根深い「偏見」や「差別」にフォーカスして人間を描いた、より社会派の要素が強い作品に秀作が多い。映画『シンドラーのリスト』(1993)でオスカー(脚色賞)を受賞した脚本家として知られるスティーヴン・ザイリアンが、原案・製作総指揮・脚本・監督を手がける入魂の一作「ナイト・オブ・キリング 失われた記憶」(原作は英ドラマ「Criminal Justice」)は、その筆頭。テロ報道などからは伝わってこない「現実に何が起きているのか」を描いて、今期の数々の賞レースに名乗りを上げているクライムサスペンスの傑作だ。
ニューヨークのアッパー・ウエストサイドで起きた若い女性の残忍な殺人事件。容疑者として逮捕されたのは、被害者と”その夜”を共にしていたイスラム教徒のパキスタン系アメリカ人の優秀な大学生ナシール(通称ナズ)・カーン。留置所で困惑しうなだれるナズの姿を見かけた、冴えない弁護士ジョンが弁護を引き受けるが、状況はナズに不利なものばかり。ドラマは、無法地帯と化している刑務所に収監されたナズのサバイバルと、ジョンや刑事らの外の世界での捜査が平行して描き、やがて法廷での裁判へとなだれ込んでいく。
第1話は80分近くあり、色調を抑えた映像(撮影監督は映画『ブルーベルベット』(1986)、HBOの秀作ドラマ『オリーヴ・キタリッジ』(2014)のフレデリック・エルムズほか)に、みっちりと濃密な物語の世界は、殺人事件の残忍さ、事件の発端の意外性も衝撃的でスリリング。この1話だけでも一本の映画を観るかのような満足感があるのだが、本作は全8話で完結するミニ・シリーズ。ここからが作り手の腕の見せどころとなるのだが、ほぼ全てを一手に担うザイリアンの手腕は驚くほど玄人好みで鮮やか! ザイリアンのベストワークの一つと言えるし、現在のアメリカのドラマがどれほど高いレベルに達しているのかを証明する作品でもあるだろう。
ミステリーとしては、最後まで犯人は誰なのか、動機は何なのかといった王道路線で視聴者を引っ張る。一方で、第2話~第5話にかけては本筋がなかなか進まない印象があるのだが、本作は数々の秀作を輩出している放送局HBO(有料チャンネル)らしいスロースターターで、後半ぐぐっとテンポをあげていくスタイル。丹念にキャラクター描写を積み重ねていくことによって生まれる説得力、リアリズムにこそ、映画の尺では描き切れないドラマの醍醐味がある。
素晴らしきは、弁護士ジョンを演じるジョン・タトゥーロ! かめばかむほど旨味が増してくるスルメのごとき味わい深さといったら。始終彼を悩ませる足のひどい湿疹の描写は、本気でキモっとなるほどしつこくも段々笑えてくるし、アレルギー体質なのに被害者の残された飼い猫を無視できないジョンの言動には、コミカルな中にも複雑な感情の機微がにじむ。一見無駄にも思えるような、細かいエピソードの積み重ねは、ザイリアンというより同じくショウランナーのリチャード・プライス(小説家、『チャイルド44 森に消えた子供たち』(2014)などの脚本家)節だが、タトゥーロのおかしみと哀しみの表裏一体となったひょうひょうとした存在感は、重苦しい物語に奇妙なユーモアを生み出している。
対して、ナズを演じる『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)のリズ・アーメッドの渾身の演技は、これこそが“凄み”というもの。パキスタン系イギリス人のアーメッドは、自身もムスリムとして反トランプを公言し、映画やテレビから多様性が失われることの危機感をイギリス議会内で講演するなど、現代社会に警鐘を鳴らし続けている。そうした彼自身の思いを反映するかのように、理不尽な世界でサバイブするために変貌を余儀なくされる青年の姿を、底知れない不気味さと共に体現して圧倒されてしまう。劇中、通りすがりの男性に「爆弾は家に置いてきたのか?」と暴言を吐かれ、壁には「イスラム教徒は国に帰れ卍」と落書きされている日常やマイノリティーに排他的な社会、司法制度や警察、世論、家族でさえ味方ではない孤立無援のナズ。純粋な目をした若者が一連の経験を経て、これまでずっと胸の奥に抑え込んでいた不満がやり場のない怒りとなって浮き上がってくるさまに、わたしたちは何を思うべきなのか?
被害者女性のために正義がなされるべきであると強く思うのは、当然のこと。一方で、意図的 or 無意識の偏見や差別意識に後押しされた、感情的で思慮の浅い正義感や独善的な言動が、どれほど多くの人の人生を変えてしまうのか、今一度自分自身に問い直してみたくなる。そして誰もがいつでも加害者に成り得るという現実に(これは『13の理由』のいじめや自殺の問題にも通じる)、改めてわたしたちは何と難しい時代に生きているのかとも思うのだ。
「ナイト・オブ・キリング 失われた記憶」(原題:The Night Of)
評価:98点
社会派 ★★★★★
ミステリー ★★★★★
ロマンス ★★☆☆☆
視聴方法:
Hulu(『ナイト・オブ・キリング 失われた記憶』字幕版)
Amazonビデオ(『ザ・ナイト・オブ』字幕版)
Google Play(『ザ・ナイト・オブ』字幕版)
Microsoft Store(『The Night Of』海外版・ノンスーパー)
にて全8話配信中
今祥枝(いま・さちえ)
映画・海外ドラマ ライター。「BAILA(バイラ)」「日経エンタテインメント!」ほかで執筆。著書に「海外ドラマ10年史」(日経BP社)。こぢんまりとした人間ドラマ&ミステリーが大好物。作品のセレクトは5点満点で3点以上が目安にしています。