ケヴィン・スペイシー出演シーン全カットで大成功!前代未聞のオスカー有力作
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これだから、オスカーはおもしろい。数ある批評家賞の受賞やノミネートが出そろい、中盤戦に差し掛かった今になって、ちょっとした変化がありそうなのだ。“犯人”は、リドリー・スコット監督の『オール・ザ・マネー・イン・ザ・ワールド(原題)』である。(Yuki Saruwatari/猿渡由紀)
映画『オール・ザ・マネー・イン・ザ・ワールド(原題)』場面写真
すでに広く知られているとおり、実際に起きた誘拐事件を語るこのスリラーには、大富豪ジャン・ポール・ゲティ一世の役でケヴィン・スペイシーが出演していた。しかし、北米公開まで2か月弱に迫った時にスペイシーのセクハラ、レイプ問題が浮上し、スコット監督は、クリストファー・プラマーを代役に据えて、彼の出演シーンを撮り直すと決める。しかも、北米公開日は変えず、予定どおりに間に合わせるというのだ(正確にいえば3日だけ遅くなった)。
そんなことは、もちろん前代未聞。「早撮りの彼ならばできるかも」「そもそもスペイシーは助演で出演シーンが短いらしい」「プラマーは実際のゲティの年齢に近く、特殊メイクが不要だからその分時間が節約できる」などさまざまな分析、憶測がなされたが、やはり完成は公開ぎりぎりで、映画俳優組合(SAG)賞をはじめ、ここまでのほとんどのノミネーション投票に間に合わなかった(ゴールデン・グローブ賞にだけはなんとか間に合っている)。
しかし、完成作を見ると、プラマーと、誘拐された子供ゲティ三世の母親(つまりゲティ一世の義理の娘)を演じるミシェル・ウィリアムズが、最高に良いのだ。映画の技術面でも不自然なところはまるでなく、業界事情を知らない人は、最初からこの役はプラマーだったと信じて疑わないだろう。もっと極端に言えば、この役にプラマー以外はもはや想像できないくらいである。
そもそもスコット監督は、この役をスペイシーにオファーするか、プラマーにオファーするか迷った挙句、集客力を考えてスペイシーにしたという経緯があるそうだ。こういうことになるなら最初からプラマーにしておけばよかったのだという声も聞かれるが、「こういうことになる」と誰が想像できただろうか。
この再撮には、およそ1,000万ドル(約11億円・1ドル110円計算)が費やされたという。この追加予算も含め、製作費を出したのはプロデューサーのダン・フリードキンの会社。スコット監督は、スペイシーが出ていることで、この映画を誰も見に来ないのではないか、そうなったらフリードキンに大損をさせてしまうと、この決断を下した。つまり、倫理的というよりも商業的なところから来る理由だ。しかし、彼がそんな不可能に近いことをやろうと決めなかったら、最初からあったウィリアムズの名演技は正しく評価されずに終わっただろうし、プラマーがこの役を演じるチャンスもないままだった。
それが実現したのも、スコット監督とプラマーがプロ中のプロだからである。その意味でもこの人たちは評価されるべきだ。実際、これから先のアワード発表では、受賞とはいかないにしても、ノミネーションには名前が入るようになるはずである。そうなるよう、ぜひ応援したい。
映画『オール・ザ・マネー・イン・ザ・ワールド(原題)』は2018年初夏、日本公開