外国語映画賞候補、公開禁止を乗り越えナンバーワン獲得の注目作とは
アカデミー賞外国語映画賞の選考リスト9作品に残っているレバノン映画『ジ・インサルト(英題) / The Insult』について、ジアド・ドゥエイリ監督が、1月12日(現地時間)、ニューヨークのクォッド・シネマで開催された特別上映後のQ&Aで語った。
本作は、ベネチア国際映画祭にも出品され、主演のカメル・エル=バシャが最優秀男優賞を受賞した話題作。レバノンに住むキリスト教徒のレバノン人であるトニ(カメル)は、ある日ベランダにつながるパイプの処理でパレスチナ人のヤセルと些細な争いを起こす。ところが、ヤセルがトニを侮辱したことから裁判沙汰になり、やがて全国的な事件へと発展していく。
今作のコンセプトについてドゥエイリ監督は、「今作は元妻と共に執筆したんだけど、実際に僕に起きたことから生まれたんだ。3年前、ベイルート在住中に、バルコニーのサボテンに水をやっていた時、バルコニーから水漏れして、下の通りにいた建築作業員に水がかかってしまったんだ。そこにいた男は僕を罵倒し、僕も言葉でやり返すうちに、僕は(発してはならない)侮辱の言葉をその男にぶつけてしまったんだ。その時、そばにいた元妻から『あなたの言葉はとても不快だわ。あの人に謝るべきよ!』と言われてね。僕は下に降り謝罪して、その問題は解決したんだけど、その2日後に、この話を作品にしてみたらどうかと思いついたんだよ。僕のケースと違って、今作では問題がすぐに解決しないけれどね」と思わぬ実体験からアイデアが生まれたことを明かした。
製作にあたり、弁護士である自身の母親の協力を得たそうだが、「アラブ世界にあるレバノンでは、ちょっとした出来事が暴動になることもあるんだ。そんな大きな問題に発展してゆくプロセスを描く中で、侮辱した結果、それが裁判沙汰に発展したら面白いと思ってね。そこで、母に連絡を取り、レバノンで行われた裁判で侮辱から始まったケースのファイルを掘り起こしてもらったんだ。レバノンの法律では、もし宗教や文化的アイデンティティーで誰かを侮辱すれば、法的に罰せられる。つまり、誰かがあなたの文化を侮辱したなら、その侮辱が極端な感情から生まれたことを法廷で証明できれば良いんだ」と説明した。
前作『ジ・アタック(原題)/ The Attack』は、イスラエルでの撮影(アメリカの市民権を持っているため可能だったのだとか)や、イスラエル人俳優を起用したことで、政府によって上映が禁止されてしまったそうだが、本作はレバノンで見事ナンバーワンの興行成績を収めた。「とても繊細な(レバノンとパレスチナ間の)問題に触れていることもあって、レバノンでの公開は難しいかもしれないと思っていたんだ。ところが政府は鑑賞したうえで、太鼓判も押してくれたんだ」とドゥエイリ監督。公開のためにレバノン政府と困難な交渉をしてきたというだけに、喜びもひとしおだったようだ。(取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)