悪夢の再現、崩れ落ちる俳優…恐怖の一夜を掘り起こしたオスカー監督の真意
何もしていない黒人市民に疑いをかけ、苦しめる白人警察。その結果、あってはならないことが起きても、正義は貫かれない。そう聞くと、近年アメリカを騒がせている「Black Lives Matter」運動についての映画かと思いがちだが、キャスリン・ビグロー監督の最新作『デトロイト』は、なんと50年前の話。映画は主に、黒人による暴動が起こっている中の、ある一夜のモーテルに焦点を当てる。
【画像】演じるのがつらすぎた…人種差別主義の警官を演じたウィル・ポールター
このテーマを彼女に持ち込んだのは、『ハート・ロッカー』『ゼロ・ダーク・サーティ』でも組んだ脚本家マーク・ボールだ。「彼から聞くまで、この事件については何も知らなかった」とビグロー監督は告白する。「マークも彼の仕事関係の人から聞いたみたいで、私たちはふたりで一緒に、掘り下げていった感じだったわ。これは、とても恐ろしい出来事。なのに、たとえデトロイトでも、全員が知っている話ではなかったのよ。それは悲しいこと」。
あの悲劇について多くの人々に知ってもらいたいというのは、事件の生存者とキャストに共通するモチベーションだった。最も冷酷な人種差別者の警官を演じるウィル・ポールターは、撮影中、辛すぎて崩れ落ちそうになったこともあるらしい。それでも彼は、大切な目的のためにと、立ち上がっている。
「あの夜を再現してもらうなんて辛すぎるのではないかと心配したのだけれど、生存者たちは強かったわ。埋れていたこの話を知ってもらうことを、彼らは強く望んでいたの。キャストも同じ。ある時、ウィルが、頭を抱えて座り込んだことがある。演技とはいえ、あんな男になるなんて、すごく苦しいのよ。でも、彼は、『僕は、あいつにならないとだめなんだ。二度とあんなことが起こらないように、あの悪夢をきちんと再現しないと』と言ったわ。彼の情熱と勇気には、本当に感心させられた」。
映画は、観る者をも、あの夜のデトロイトのモーテルへと引き込んで行く。臨場感あふれる映像を作り上げるに当たっては、前日まで何を撮影するのかをキャストに知らせないという作戦を使った。「若い俳優を雇う時に、(イギリスの名匠)ケン・ローチ監督が使う方法なの。撮影監督バリー・アクロイドはケン・ローチとも何度か組んでいて、今作でそれをやってみようとふたりで決めたのよ。実際の人生と同じように、次に何が起こるかわからない。それは若いキャストたちのためによかったし、映画のためにもよかったと思っている」。
この映画を通して伝えたいのは、思いやりと受け入れる心をもつことの大切さ。「あらゆる差別に対する意識を高めてもらうこと。意識することから会話が生まれ、会話から変化が生まれていってくれることを願うわ」。(Yuki Saruwatari / 猿渡由紀)