ダニエル=デイ・ルイス、引退作で驚きの役作り!『ファントム・スレッド』監督明かす
ついに、その時がやってきてしまった。ダニエル・デイ=ルイスをスクリーンで見納めする時だ。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)で彼に2度目のアカデミー賞主演男優賞をもたらし、最新作『ファントム・スレッド』で2度目のコンビを組んだポール・トーマス・アンダーソン監督が、デイ=ルイスの名優たるゆえん、引退表明を受けた心境を明かした。(Yuki Saruwatari/猿渡由紀)
現在に生きる伝説の俳優であるデイ=ルイスは、昨年、『ファントム・スレッド』をもって引退すると発表している。当時撮り終わったばかりで、タイトルも未定だったその映画は、アンダーソンが、デイ=ルイスと話し合いつつ、時間をかけて書き上げていったもの。主人公ウッドコックの性格、ふるまい、周囲に置くもの、それらすべてに、デイ=ルイスの意見が反映されているのだ。
舞台は1950年代、ロンドンのクチュール界。アンダーソン自身はもともとファッションに疎いと自認するが、デイ=ルイスも決してこの世界に詳しくはなかった。だが、デイ=ルイスは、『ボクサー』(1997)の後、半引退生活に入った時、イタリアで靴作りに専念したことがある。「その経験と、手先の器用さが生かされるのではないかと思ったんだ。それに、彼は服の美しさを理解できる目も持っている。だから興味を持ってくれるのではないかとね」とアンダーソン監督は、デイ=ルイスに話を持ちかけた経緯を振り返る。
役作りにとことん執着することで有名なデイ=ルイスは、今作のためにも1年ほどをかけて裁縫師のもとで修行を積んだ。女性客のために美しいドレスを作るウッドコックが、本人もまたおしゃれであるのは必然のことで、そこにもデイ=ルイスのこだわりが見える。
「ウッドコックの衣装は、彼と衣装デザイナーのマーク・ブリッジスが2人で決めた。僕はほかに考えるべきことが山ほどあったし、彼らが何かを見せてくれて、『いいね』などと言うだけだったよ。彼らはウッドコック専用のクローゼットを作り、毎日、そこから選んだ。ダニエルは、前の夜かその朝に、自分が着ようと思っているものを2種類選んでは、僕に『どっちがいい?』と聞いてきたよ。今作には、彼自身のファッションセンスが大胆に表れていると思う。彼自身とウッドコックの服の好みは、あまり違っていないんだ」。
恋のお相手アルマ(ヴィッキー・クリープス)との出会いのシーンで、ウッドコックはウエイトレスだった彼女にかなり凝った朝食をオーダーするのだが、それも「2人で、25種類くらい違うバージョンを考えたな。ウッドコックにふさわしいものじゃないといけないからね」と、アンダーソン。後に、別のシーンで出てくるアスパラガスも、「最初はサヤインゲンだったが、ダニエルがアスパラガスにしようと言ってきた」のだそうだ。理由は、「アスパラガスの方が、サヤインゲン(green beans)より奇妙な響きをもつ言葉だから」とのことである。
細かいところまで一緒に努力をしてくれるデイ=ルイスとのコラボレーションは、アンダーソンにとって最高のやりがいを与えてくれるそうだ。「僕らの仕事への姿勢は似ている」という彼は、デイ=ルイスが撮影中、役に完全に浸りきるという伝説についても弁明する。
「それはちょっと誇張されている。夜になればダニエルは車に乗って自宅に帰るんだし、トイレにだって行く。浸るといっても、ある程度までだ。とは言っても、僕にはもはや、撮影現場でテイクの合間に役者が電話をかけたり、関係のないジョークを言って笑ったりする様子は、想像もできないんだよね。映画を作っている時は、できるかぎり、その架空の世界に浸りたいと思うもの。その方がやりやすいに決まっている。彼は、それをやるのがとてもうまいんだ」。
当然のことながら、アンダーソンは、彼の引退宣言を残念に受け止めている。「今の段階で、彼は本気だと思う。でも、考えを変えてくれることを願っている。きっと、変えてくれるよ」。
『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2001)でデイ=ルイスが半引退を撤回したのは、『ボクサー』の5年後だった。今度もまた、5年ほど待てば、戻ってきてくれるのだろうか。何もわからない今は、ただ、アンダーソンと一緒に、そう願い続けるしかない。
映画『ファントム・スレッド』は5月26日よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館ほか全国公開