バーフバリだけじゃない!ハマる、魅惑のインド映画
昨年末に公開された『バーフバリ 王の凱旋』(2017)が異例のロングランヒットを続けて、再びブームが訪れたインド映画。ちょうど20年前の1998年6月に日本公開されて大ヒットした『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995)の強烈な印象で、ボリウッド映画といえば、明るい照明を当てたカラフルなセットで美男美女が歌って踊って……というイメージが強い。だが実は、そういうミュージカル的なエンタメ作に限らず、人間ドラマやサスペンス、アクションとあらゆるジャンルで傑作が生まれ続けているのだ。その中でも押さえておきたい作品の数々をご紹介する。(文:冨永由紀)
ボリウッドといえば姓が同じ“カーン”の大スター3人
ボリウッドといえば、3大カーンと呼ばれる、姓が同じ“カーン”の大スター3人(揃って1965年生まれ。血縁関係はなし)抜きには語れない。その1人、アーミル・カーンは4月から公開中の『ダンガル きっと、つよくなる』(2016)や『きっと、うまくいく』(2009)で日本でもお馴染み。高度成長期のインドで一流大学に入学した3人の青年を描いた『きっと、うまくいく』では44歳にして大学生役に挑戦。笑わせながら同時にインドの現代社会への風刺も込められ、恋あり歌あり踊りありの娯楽作。スティーヴン・スピルバーグ監督やブラッド・ピットからも絶賛された。
「世界で最も影響力のある100人」の一人アミール・カーン
『ダンガル きっと、つよくなる』は、レスリング選手として大成する夢を断念した男が自分の娘2人を特訓し、金メダル獲得を目指す実話を基にしたスポ根ストーリー。有無を言わせぬ厳しいトレーニングを課す熱血お父さんを演じるアーミルは製作も兼任。さらにレスリング選手だった若き日も演じるために、27キロの体重増減というドラスティックな肉体改造を行った。米TIME誌で2013年の「世界で最も影響力のある100人」の1人に選ばれたアーミルはインド社会の抱える問題について積極的に発言することでも有名だが、スパルタ父に娘たちが必死に食らいついていく『ダンガル きっと、つよくなる』には女性を抑圧するインド社会に一石を投じるというテーマも織り込まれている。
「最も稼いだ俳優」の8位!シャー・ルク・カーン
もう1人、シャー・ルク・カーンは昨年米フォーブス誌で「最も稼いだ俳優」の8位にランクインし、国際的な人気を誇る。彼の主演作『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(2007)は1970年代と2000年代のインド映画界を舞台にした壮大なラブストーリーにしてミュージカル。キング・オブ・ボリウッドの異名を持つシャー・ルク・カーンは1970年代の脇役俳優と2000年代の人気スターの二役に挑戦。
人気女優シャンティと彼女に恋した無名俳優オームに訪れた悲劇と、30年後の映画界に君臨する若き大スターのオームが結びつく輪廻の物語が歌と踊りに彩られてきらびやかに描かれる。シャンティを演じたのは、まだ新人ながら大抜擢されたディーピカー・パードゥコーン。モデル出身のゴージャスな魅力でたちまちスターとなり、『トリプルX:再起動』(2017)でハリウッドにも進出した。シャー・ルク・カーンは、裕福な家庭の娘とストリートミュージシャンの悲恋をロマンティックに描く『命ある限り』(2012)などメロドラマも得意。
インド版007の主演!筋肉美のアクション派サルマーン・カーン
3人目のカーン、サルマーン・カーンは筋肉美のアクション派で、インド庶民に絶大な人気を誇る。インド版007とも言われるスパイアクション『タイガー~伝説のスパイ~』(2012)に主演、インド最強のスパイ、タイガーを演じた。潜入先のアイルランド・ダブリンで恋に落ちた相手は敵国のスパイ。2人は祖国から追われる身になりながら逃亡する。トルコやキューバ、タイでもロケを敢行した大作。正直、スパイ映画としては突っ込みどころ満載だが、アクション・恋愛・コメディーと娯楽映画の必須要素をきっちり盛り込み、サービス精神旺盛だ。
心の機微を繊細に描く人間ドラマ珠玉作も
キラキラの華やかさはないが、人の心の機微を繊細に描く人間ドラマには、古き良き日本映画に通じる作品が数多くある。子どもたちの自然な振る舞いが印象的な『スタンリーのお弁当箱』(2011)は、上映時間が3時間近いものがほとんどのインド映画には珍しい96分の珠玉作。
ムンバイのカトリック系の学校を舞台に、家庭の事情でお弁当を持ってこられないスタンリーと、彼に自分たちのお弁当を少しずつ分けてあげるクラスメートの交流を中心に、教師たち大人の人間模様も描く。メインキャストは毎週土曜開催の演劇ワークショップに集まった素人の子どもたちで、彼らは1年半もの間、最後まで映画を撮影していると気づかないままだったという。
フランス・ドイツとの合作で純然たるインド映画ではないが、『めぐり逢わせのお弁当』(2013)も、お弁当の誤配達をきっかけに文通を始めた若い主婦イラと妻を亡くした孤独な男性サージャンの交流を描いた秀作。対面することなく、手紙のやり取りを通してそれぞれの境遇を知り、互いへの共感を深めていく。全てを見せず、明かさず、観客の想像力に委ねる構成。サージャンを演じるイルファン・カーンはオスカー4冠作『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012)や『ジュラシック・ワールド』(2015)でも知られる国際派。オーディションで選ばれたニムラト・カウルが演じるイラは、夫との冷え切った関係に苦しむ主婦を好演した。
男尊女卑の風潮の中で主婦や女性の自立を描くドラマも
家族の世話に明け暮れながら、夫から空気のように扱われる虚しさを抱え、自分を見つめ直す主婦が英語学習を通じて変わっていく姿を描いたのは『マダム・イン・ニューヨーク』(2012)。料理は得意だが、英語が話せないことを夫やわが子にまで笑われてきた主婦シャシは、在米の姪の結婚式の準備を手伝うため、ニューヨークの姉の家に滞在、英会話学校に通い始める。コーヒーショップでうまく注文できず店員にあからさまに馬鹿にされたり、屈辱的な体験をしながらも努力を重ね、最後には自信と尊厳を持つ女性に成長する物語は、誰もが鼓舞されるはず。休業していた往年の人気女優シュリデヴィさんの15年ぶりの復帰作としても話題を呼んだ。彼女は今年2月、滞在中のドバイで急逝してしまったが、歳を重ねてもたおやかで芯の強い美しさは本作にしっかりと刻まれている。
Netflixで配信中の『メアリー・コム』(2014)は、2012年ロンドンオリンピックで銅メダルを獲ったインドの女性ボクサー、メアリー・コムことマングテ・チュングネイジャング・メアリー・コムの伝記映画。米テレビドラマ「クワンティコ/FBIアカデミーの真実」主演というインド女優初の快挙を遂げ、ハリウッドでも活躍中のプリヤンカー・チョープラがヒロインを演じる。貧しい農民の家に生まれ育った少女が、男尊女卑の風潮が強い周囲からの偏見や父親の反対に負けず、ボクシングの道を突き進み、成長していく姿を描く。実は本作の撮影監督は日本人の中原圭子。ボリウッド作品には珍しい、自然光を活用して陰影のコントラストを利かせた映像が美しい。
最後に、1950年代に国際的な評価を得た最初のインド人監督、サタジット・レイの作品も紹介したい。1920年代のベンガル地方の小さな村を舞台に、オプーという名前の少年を主人公に据えたオプー三部作(『大地のうた』1955年、『大河のうた』1956年、『大樹のうた』1958年)はモノクロ作品ながら、撮影監督のスプラタ・ミットラの詩情あふれる映像に目を見張る。世界的な作曲家・シタール奏者で、ノラ・ジョーンズの父でもあるラヴィ・シャンカールの音楽も素晴らしく、リアリズムと叙情性が共存する世界は時を経ても色褪せない。