カメラが捉えた北朝鮮の素顔と変化
コラム
長く閉ざされてきた北朝鮮に、ついに変化の兆しか……。南北首脳会談や米朝首脳会談で朝鮮半島情勢が注目を浴びる中、ドキュメンタリー映画『ワンダーランド北朝鮮』と『北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ』が相次いで公開される。謎多き北朝鮮だが、実はこれまでもポーランドやイギリス、スペインなど、国交を結ぶ国々の監督によってドキュメンタリーが制作されてきた。テーマは、パレードや拉致、俳優志望のイケメン、ロックバンドなど。北朝鮮当局によるコーディネートや検閲が行われる中、カメラが迫った意外な素顔とは?(文:桑畑優香)
80年代の北朝鮮の理想を映す
『金日成のパレード/東欧の見た“赤い王朝”』(1989)
製作国:ポーランド
「これは、わが人民が敬愛する首領様金日成同志の銅像です」。冒頭に登場するのは、平壌市内に立つ巨大な銅像を案内するガイド。続いて、赤やピンクの花を力強く振りながら、外国からの来賓を空港で迎える群衆が映る。撮影は、1988年。韓国で開催されたソウルオリンピックとほぼ同時期に北朝鮮が行った建国40周年を記念する祝賀パレードを軸に、北朝鮮内の様子を取材したドキュメンタリー。
当時北朝鮮と同様に社会主義国家だったポーランドの国営テレビが制作。アンジェイ・フィディック監督が取った手法は、ストイックな客観主義だ。「北朝鮮の案内で撮影し、同国提供の資料によって制作した。一切のフィクションを加えていない」と断りを入れながら、地下鉄、工場、板門店など北朝鮮当局に与えられた場所や人を冷静に映し出す。アドリブの会話はなく、「科学者や技術者のとても困難な問題を即座に解決」「おかげで野菜が大豊作」など、スローガンの文字やガイドの「偉大な首領様」への礼賛の言葉が延々と続くのみ。夜、たいまつを持った人々が一糸乱れず行進するパレードは圧巻だ。
あえて北朝鮮の言うままをありのままに撮った本作は、いわば国家のCMであり、プロモーションビデオのようなものだと言えるだろう。建国40周年という節目に、外国から来た客に見せ、誇示したかったものは何か。1980年代末、故金日成国家主席時代の北朝鮮が理想とした考え方や国家のあり方を垣間見ることができる。
“映画大国”で奮闘する若者たち
『シネマパラダイス★ピョンヤン』(2012)
製作国:シンガポール
国家事業として映画産業を推進、プロパガンダのツールとして積極的に活用した、故金正日総書記。本作は、金正日時代真っただ中の2009年から2010年にかけて北朝鮮に計3回足を運び、俳優の卵と映画監督に密着したドキュメンタリーだ。
映画制作の裏側を収めた映像からは、意外な一面が浮き彫りになる。例えば、日本の植民地になる直前の朝鮮半島が舞台の映画。軍人役としてエキストラに動員された朝鮮人民軍の兵士たちは、「日本軍への怒りを、目に炎をたぎらせて表現しろ」と熱く指導する大御所監督の前で、恥ずかしそうにニヤニヤするばかり。業を煮やした北朝鮮の監督は、兵士たちにしばし前屈の姿勢を取らせ、頭に血が上って顔が紅潮したところで「アクション~!」とカメラを回す。また、3LDKの高級マンションに暮らすぽっちゃり体型の女優の卵はダンスが苦手でダイエット中だったり、俳優志望の青年は韓流スター風のイケメンくんだけど演技がイマイチで自ら苦笑したり。
シンガポール出身のリン・リー監督とジェームズ・レオン監督のコンビがユーモアたっぷりに捉えているのは、どこの国にもありそうな、芸能界を目指す若者や映画制作者の日常だ。国が振興する産業のエリート層を取材しているという限界はあるにせよ、ニュース映像などではなかなか見られない、ダメダメな部分や人知れぬ努力といった人間くさい素顔か微笑ましい。
韓国人女優&映画監督拉致事件を暴く
『将軍様、あなたのために映画を撮ります』(2016)
製作国:イギリス
一方、こちらは北朝鮮映画界の闇に切り込んだ作品だ。テーマは1970年代末に実際に起きた拉致事件。韓国のトップ女優崔銀姫(チェ・ウニ)が1978年、旅行先の香港から姿を消した。行方を追った元夫で映画監督の申相玉(シン・サンオク)も行方不明に。実は、2人は北朝鮮に拉致されていた。本作は、1986年に亡命という形で北を脱出した崔銀姫や元CIAなどの証言を基に、拉致の経緯や目的、そして現地での活動をつまびらかにする。
特筆すべきは、拉致の裏側はもちろん、映画マニアとしての故金正日総書記に肉薄しているということだ。日本映画『ゴジラ』のファンだったという金正日総書記が申監督に作らせた怪獣映画『プルガサリ 伝説の大怪獣』(1985)(日本版ゴジラを演じた薩摩剣八郎や東宝特撮チームも招かれて制作に参加!)や、チェコ国際映画祭特別監督賞を受賞した『帰らざる密使』(1984)など、当時を象徴する北朝鮮映画7作品も随所に登場。崔銀姫が隠し録りしたテープには、金正日総書記が「北朝鮮の映画は泣くものばかりで、国際的な映画祭に出せる作品がない。南が大学生レベルだとすれば、われわれの映画は幼稚園レベル」と、韓国をライバル視して嘆く肉声も残されている。
申相玉監督は2006年、崔銀姫は今年4月に死去。南北分断のはざまで数奇な運命をたどった映画人の類いまれなる半生の記録としても、価値ある作品といえるだろう。
2010年代の北朝鮮の理想を映す
『ワンダーランド北朝鮮』(2016)【6月30日公開】
製作国:ドイツ/北朝鮮
軍事パレード、ミサイル発射実験、飢餓、独裁者。そんなイメージに包まれた北朝鮮に住む人々の「普通の暮らし」の取材を試みたドキュメンタリー。メガホンを取ったのは、北朝鮮に入国するために韓国籍を放棄し、ドイツ国籍を得たチョ・ソンヒョン監督だ。
5月に来日した監督は、東京都内での試写イベントで「北朝鮮の宣伝で本当の姿は映っていないのでは? と言う人もいるが、一つのモデルケースの中で読み取れる日常がある」と語った。「隠し撮りをしないと心に決めていた」という監督は、北朝鮮当局に「30代前半のインテリ」「工場で働いているワーキングマザー」など、撮影対象となる人物像のオファーを出し、密着取材を敢行。北朝鮮が選んださまざまな分野の人にカメラを向け、北朝鮮が提案したものをほぼそのまま撮ったという意味では、『金日成のパレード』の手法に近いといえる。
しかし、本作に映るのは、豪華なプールやピカピカの高層マンションなど、約30年前には存在しなかった最新施設の数々。さらに、人懐っこく物怖じしない監督は、宣伝画家にインタビューをしながら美しい女性を描くことにこだわる本音を引き出したり、プールの案内人にビキニ姿の女性がいない理由を聞いたり。随所にユーモアあふれるアドリブのやり取りが盛り込まれている。約30年を経て、「北朝鮮が見せたいもの、誇示したいもの」が「政治体制の礼賛」から「経済発展への自信」に変わり、人々もカメラに対し自分の言葉で語る自由を少しは得たのだろうか? 被写体とほどよい距離を置いた客観的な映像から時折こぼれる自然な笑顔には、そんな北朝鮮の変化を感じることができる。
ロックが開く新時代!?
『北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ』(2016)【7月14日公開】
製作国:ノルウェー/ラトビア
韓国の「少女時代」をほうふつさせる(?)ガールズグループ「モランボン楽団」を結成したり、今年4月にはK-POPグループを含む韓国の芸術団を平壌に招き自ら鑑賞したりと、音楽大好きで知られる金正恩朝鮮労働党委員長。その治世を象徴するかのように、2015年8月、祖国解放70周年記念日に招待したのは、前代未聞のロックバンド、スロベニア出身のライバッハだった。尖った個性的なパフォーマンスでネオナチと批判され、ロシアからは「国歌を馬鹿にした」と出入り禁止を言い渡された、いわくつきのグループだ。
北朝鮮のスタッフと組んで準備を始めたライバッハのメンバーは、「北朝鮮の歌をデフォルメして歌ってはいけない」「コンサートで使う映像がよろしくない」など、ダメ出しの嵐に直面。厳しい条件の中で、最高のステージを実現するという一つの目標に向かい、粘り強く交渉を進めていく。興味深いのは、この映画の主人公ライバッハが旧ユーゴスラビアで結成されたバンドであり、彼らの目線で見た北朝鮮が語られていることだ。崩壊した社会主義国出身のライバッハのメンバーは、掟を破って外出して見た平壌の風景を皮肉にも「ここはユートピアだ」と評する。そして、「北朝鮮が開いたとき、どんな亀裂が入っていくのか気がかりだ」とつぶやく。
欧州からやってきた過激なバンドと閉ざされた国のスタッフがぶつかりながら、力を合わせて作り上げるステージ。その過程と行方は、急速に国際社会と関わりを持ち始めた北朝鮮の今後を、まさにタイムリーに示唆しているようにも見える。