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『孤狼の血』大健闘の理由!東映やくざ映画ファン以外にも広がり

日本映画界の大きなトピックとなっている『孤狼の血』
日本映画界の大きなトピックとなっている『孤狼の血』 - (C) 2018「孤狼の血」製作委員会

 過去に実録シリーズで日本映画界に大きな衝撃を与えた東映と、『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』など実録もので定評のある白石和彌監督がタッグを組んだ映画『孤狼の血』。5月12日の公開から現在まで約1か月で動員57万人、興行収入7億3,000万円という結果を残している。この数字をヒットとみるか、物足りないとみるかは評価の分かれるところだが、「アッパー層の男性」という東映側が狙ったターゲットにとどまらない広がりを感じる。やくざ映画としては大健闘となった理由を考えてみた。(文・磯部正和)

役所広司&松坂桃李ら豪華キャスト陣【写真】

 公開直後に続編の製作も決定するなど、日本映画界の大きなトピックとなっている本作。原作者の柚月裕子氏が「『仁義なき戦い』がなければ生まれなかった」と話していたように、その内容は東映やくざ映画の影響を大きく受けたものであり、主人公は刑事であるものの、やくざ映画というジャンルの作品であることは間違いない。実際、冒頭から恐ろしいほどにコテコテのやくざたちが、いまのコンプライアンスでは自主規制してしまいそうなハードなことをやらかす。

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 東映の紀伊宗之プロデューサーは、「いつからか東映は“得意技”で戦うことを放棄していた。Vシネマの衰退や自主規制に囚われる時代の風潮に押しやられ、気づけば東映からアウトローな映画が失せていた。でも時代は巡った、なぜ『クローズ』や『アウトレイジ』のようなシリーズが東映に存在しないのか? 誰もがお利口な今だからこそ“東映らしさ”で勝負したかった」(『孤狼の血』プレスリリースより)とつづっているように、本来、東映が得意としていたアウトロー映画というプログラムピクチャーを復活させたいという強い思いを述べている。

 メガホンを取った白石監督も、東映のアウトロー映画復活への思いは強く意識していたようで、インタビューでも、最初にオファーを受けたときは「腹をくくってやらなければいけないと思った」と本作に向き合う覚悟を語っていた。

 つまり企画段階では、全国に潜在的にいる「東映やくざ映画」ファンの魂に火をつける作品、“東映復活”を強く意識したゴリゴリの硬派な作品を目指していたことは容易に想像できる。そしてその思いのとおり、白石監督は徹底的に攻めの姿勢をみせ、ハードな内容に仕上げた。目を覆いたくなるような暴力シーンは多数あり、生々しく濃厚なエロスも匂い立つ。

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 役所広司演じるマル暴担当の刑事・大上が行っていることなどは、現代のコンプライアンスという概念に当てはめれば、セクハラやパワハラなんてレベルのはるか上をいく行為だ。「警察じゃけぇ、何をしてもええんじゃ」なんてセリフは、いまの時代では、到底受け入れられないだろう。

 実際、映画を観た往年の東映やくざ映画ファンからは「東映だから作った映画ではなく、東映以外で作っちゃいけない映画だ」という熱いメッセージが白石監督に届くなど、メインターゲットとなった鑑賞者からは高評価が相次いだ。

 しかし、『孤狼の血』は、こうしたコアターゲットに向けたジャンルムービーという明確なコンセプトを持つ一方で、本作には、誰が観ても楽しめる、白石監督の作風というべき、ユーモア溢れるエンターテインメント作品という側面も大いにある。白石監督自身もインタビューで、本作がエンターテインメント作品であることを強調している。

 「この映画はエンターテインメント作品なんです。もちろん、往年の東映やくざ映画ファンには納得していただけるような作品であることは大前提として目指しましたが、一方で女性を含め、幅広い層の方が観ていただいても楽しめる作品だと思います」

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 その言葉どおり、ハードな描写が続くなか、クスっとさせられる場面も随所にちりばめられており、極悪なキャラクターにも愛着を感じる部分がある。これは過去の白石監督作品にも共通する描写で、「どんなクズでも、どこかに愛すべきところがある」という白石監督の考えがにじみ出ているのだろう。露悪な部分が多くても、鑑賞後感は爽やかなのだ。

(C) 2018「孤狼の血」製作委員会

 公開初日の劇場には、多くの女性ファンが訪れていた。実際、興行通信社が発表したオープニング週の『孤狼の血』に関する記事では「男性客が7~8割」と報じられていたが、逆の見方をすれば「2~3割」が女性だとも言える。

 映画公式SNS等でも、松坂桃李をはじめとしたキャスト目当てがきっかけで鑑賞したという女性たちの「最初はとんでもない映画を観てしまったと思い、目を覆ったのですが、最後はとても清々しい気持ちになりました」という趣旨の投稿が多く見受けられる。そして、こうした感想は、徐々に広がりをみせ、筆者が観賞した上映回も、コアファン一辺倒という風景ではなかった。

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 配給元の東映によれば、現在までの興行成績について「コアファン、潜在的ファンにしっかり届いたからこその結果」と分析をしている。プロモーションも40代、50代のアッパー層に向けて、CS全7チャンネルでスポットや特番を打つという施策を実施した。これは東映としては初の試みだという。

 こうしたブレない戦略、しっかりとメインターゲットの心を掴んだことこそが、実は、別の層にリーチさせるのに大きな役割を果たしているのだ。コアなファンが“本物だ”ということは、作品の絶対的な品質保証となる。そのうえで、シビアな題材でも、ユーモアのあるエンターテインメント作品に仕上げることができる白石監督の作家性は、日本映画界のなかでも抜きんでており、東映がターゲティングした層以外の人々から支持される作品に仕上げる力は十分にある。ただ、ハードなテーマを扱っているだけに、キャスト目当ての観客以外は、なかなか女性や若い層にはリーチしづらいため、評判の広がり方もジンワリで、興行的にもロケットスタートとはいかない数字になっているのだろう。

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