最も大切なのは「黒人の肌のトーン」 バリー・ジェンキンス監督、映像美の秘密明かす
2016年の映画『ムーンライト』が第89回アカデミー賞作品賞を受賞し、新作『ビール・ストリートの恋人たち』(2月22日公開)で現地時間25日に行われる91回の脚色賞にノミネートされているバリー・ジェンキンス監督が初来日。人種差別から起こる悲劇を描きながら、圧倒的な映像美で魅せる彼が、映像において最も大切にしていることを明かした。
『ビール・ストリートの恋人たち』は、作家で公民権運動家のジェームズ・ボールドウィンが故郷ハーレムを舞台に描いた小説に基づく愛の物語。小説が出版された1970年代を舞台に、無実の罪で投獄された青年ファニー(ステファン・ジェームズ)と、その恋人で19歳のティッシュ(キキ・レイン)が見舞われる試練、2人を取り巻く家族たちの葛藤を描く。第91回アカデミー賞で、助演女優賞(ティッシュの母役、レジーナ・キング)、作曲賞にノミネートされたほか、ジェンキンス自身も2度目の脚色賞候補となった。
映画と原作が大きく異なる点として、冒頭とラストが挙げられる。とりわけ、冒頭、幸せだったティッシュとファニーが手をつないで歩くシーンを見下ろすかのように捉えたショットが印象的だが、ジェンキンス監督は「映画の中で唯一の僕自身の視点と言えるかもしれない」とし、このシーンの意図、狙いを以下のように語る。
「原作にはないシーンなんだ。当初は原作と同じく、ティッシュが刑務所のファニーに妊娠を告げに行くところからスタートする予定だった。だけど、僕は原作を読んだときにこの2人が“ソウルメイト”だと感じ、彼らの置かれている悲劇的状況を、その事実よりも先に出してしまいたくはなかった。だからその前にとてもシンプルな愛の瞬間として、あのショットを入れたんだ。もし、社会的な問題がなければこの2人はいつまでも幸せに暮らせるカップルなんだということを言いたかったのかもしれない」
映画では、ファニーが強姦罪の罪をきせられ投獄された現在と、幸せだった日々が交互に描かれており、ジェンキンス監督はティッシュの状況をこう説明する。「僕にとってこの作品は19歳のティッシュというヒロインの意識、彼女が求めているものだけを追ったもの。それは時に彼女のみた夢であり、記憶であり、原作を読んだときには煉獄のようなものだと感じた。その中で、彼女は必死に美しい記憶にすがりつこうと、手放すまいとしている」
『ムーンライト』と『ビール・ストリートの恋人たち』は、いずれも救いようのない悲劇的な側面を描く一方で、かすかな希望の見えるラストという共通点がある。これにはジェンキンス監督の「個人的に、怒りや苦々しい思いよりも希望を持つ方が、生きていくうえでは良いと思っているから」という意図によるもので、両作及び映画作りにおいて最も重要としているのが「黒人の肌のトーンを美しく捉えること」だという。
「僕の記憶の中の黒人の肌というのはとてもみずみずしくて、美しいものだからそれを捉えたい。だけど、もともとフィルムというのは郊外に住むような白人が旅先で子どもたちの写真を撮るようにつくられたものだから、適しているとは言えない。だから今回は、撮影のジェームズ(・ラクストン)や美術のマーク(・フリードバーグ)と一緒に環境を作っていった。そのためには壁の色も、照明も調整する。そして、そういったことはデジタル時代になった今だからこそ可能になったんだ」
世界一強いきずなで結ばれているかもしれない、哀しくも美しい恋人たちがたどるラストを、どう受け止めるのか。観た後には深い余韻が残り、激しい葛藤が湧いてくるだろう。(取材・文:編集部 石井百合子)