ありがとう映画秘宝!岩田和明元編集長に聞く映画少年たちと歩んだ日々
創刊から25年にわたって映画ファンに愛されてきた映画雑誌「映画秘宝」が、2020年1月21日発売の3月号をもって休刊した。紙媒体の苦境が叫ばれるなか右肩上がりに売り上げを伸ばし、“日本で一番売れている映画雑誌”として迎えた、突然の終わり。編集部内にも秘宝ファンは多く、感謝の意を伝えるため、1979年生まれの元編集長・岩田和明氏に会いにいった。(編集部・入倉功一)
「映画秘宝」は、1995年、映画評論家・町山智浩氏と田野辺尚人氏が創刊。「映画よりも面白い原稿」がモットーの文章と膨大な情報量で、娯楽大作から忘れられていたカルト作まで、さまざまな映画を紹介し続けてきた。5代目編集長となる岩田氏は、「映画秘宝」が25年にわたって愛されてきた理由をこう語る。「もともと僕も秘宝読者で、自分が面白いと感じたどこまでも観客目線の秘宝イズム、秘宝の魂を継承したかったんです。こんな唯一無二な媒体をなくしてはならないという使命感に燃えて作っていました。愛された神髄は、ひたすら読者目線、観客視点で誌面を作ってきたからだと思います」
「全国の書店の数は、ここ10年でほぼ半減しました。それゆえ当然、実売数も半減するのが道理ですよね。でも『映画秘宝』はむしろこの10年で実売数が増えた。だから『映画秘宝』の純利益は、愛読者の実売が支えてくれていたんですよ。原則的に雑誌は広告収入が潤わないと続かない。実売が利益を支えている雑誌はほぼ壊滅状態だから、奇跡の雑誌と言われていました。去年、版元の都合と増税タイミングで価格が上がったときが最大の危機だったのですが、結果、数字は右肩上がり。ありがたいことにそれまで『映画秘宝』を支えてくれた愛読者の皆さまが買い支えてくれたんです。おかげさまで、休刊号も、発売後10日間でほぼ完売。残念ながら増刷はできませんが、大判化以降、最高の実売部数を記録しました。だから秘宝読者の皆様には、いくら感謝しても感謝しきれません」
その言葉をさらに証明するのが、秘宝が例年発表してきた「ベスト&トホホ10」の結果だ。「ライター陣と秘宝読者が選ぶ年間ベスト映画が、ほぼ一致するんですよ。今年も細かい順位の違いはありますが、上位4本がまったく一緒(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、『ジョーカー』、『アベンジャーズ/エンドゲーム』、『スパイダーマン:スパイダーバース』)。去年はどちらも『カメラを止めるな!』が1位。その結果は毎年同じで、読者と足並みがそろっているんです」
それを岩田氏が実感したのが、インターネットを通じて寄せられた「映画秘宝」への共感の声だったという。「ちょうど10年前です。2010年の1月21日に発売された『映画秘宝ベスト&トホホ10』の結果を、ニュースとして扱ってもらえないか? とシネマトゥデイ編集部にアプローチしたら、トホホ映画がメイン記事になってニュース化してくれた。その年のトホホ1位は『DRAGONBALL EVOLUTION』(2009)で、ネット民からものすごい共感の嵐が吹き荒れたんですよ。他の映画媒体では叩けない大作娯楽映画を、観た人みんなが思った通りに「ガッカリした」とはっきり言う媒体が『映画秘宝』なのだと広く認知してもらえた。この反応を見て「正直に自分たちのやり方を突き進めばいいんだ」と、ものすごく自信になりました。その後10年連続して「ベスト&トホホ10」のニュース記事を出し続けてくれたことにも感謝しています」。
そんな読者の思いを代弁してくれる「映画秘宝」が、映画ファンから絶大な支持を得たのは当然のことだろう。「休刊にあたってのコメントにも書きましたが、『愛読者の皆様と共に、同じ映画の愉しみを、同じ目線で分かち合い、歩んできた25年だった』と、真摯にそう実感します。紙媒体全体がジリ貧のなかで、紙だけでは戦えなかった。ウェブの大海でしっかり媒体の存在を認識してもらえたのは、あのニュースが大きかったと思っています」
この10年で「映画秘宝」の名を広めたもうひとつの要因が、2012年に神木隆之介が主演を務めた青春映画『桐島、部活やめるってよ』だ。作家・朝井リョウのデビュー作を映画化した本作で、主人公の映画青年・前田涼也(神木)は秘宝読者という設定。「今月の秘宝、なかなかがんばってたよ」という彼のセリフは、読者の間でも人気のフレーズだ。「今でも新刊が出るたびに、そうつぶやいてくれる読者がいますからね、ありがたいことです。なぜか高校生なのに『映画秘宝』に対してタメ口というのが、『映画秘宝』が読者目線の雑誌であることの動かぬ証拠になっていると思います。あの映画以来、前田くんに“なかなかがんばってたよ”と言われるために作っていたと言っても過言ではありません(笑)」
話を聞いていると、この『桐島』の前田くんと岩田氏には、驚くほど共通点が多い。
「あまりにも前田くんの考えていることや行動が腑に落ちて当たり前すぎて、映画を観ていて、彼の行動原理にまったく驚きがなかったですよ(笑)。僕も中学・高校時代から映画マニアだったし、『ロードショー』『スクリーン』『キネマ旬報』を貪り読んでいたし、映画研究部員だったし、8ミリフィルムで自主映画も撮っていたし、今だにオールタイムベスト日本映画が、(前田が劇中で観る)塚本晋也監督の『鉄男』(1988)なんですよ。それこそ中二のときに初めて観て、そのままの心で大人になってしまったので、正真正銘の中二病ですよね。後ろの席のクラスメイトに「『鉄男』っていうすげえ映画があるぞ!」と言われて観たら鈍器で殴られたような衝撃を受けて以来、映画にのめり込んだので、前田くんは、他人とは思えなかった(笑)」
「映画秘宝」は、そんな岩田氏をはじめ、映画少年の心を忘れない人々が作ってきた雑誌だ。「創刊者の町山智浩さんは、休刊の報を受けて(『映画秘宝』創刊号のムック本)『エド・ウッドとサイテー映画の世界』(1995年洋泉社刊)を、『ゲテモノ映画を見にいく、少年の心で作った』と言っています。時を同じくして、秘宝読者の入江悠監督に、いま大ヒット中の『AI崩壊』で取材したとき、入江監督が『映画秘宝だけが映画少年を育てるんです』と言ってくれたんですよ。実際、僕自身も『鉄男』に夢中になった15歳のころの自分に向けて作ってきました。膨大な数の新作映画のなかから、どの作品を扱うかの基準も、なけなしのお小遣いで何を観るかを決めていた15歳の自分だったら今どれを観るか? が決め手です。創刊コンセプトと、読者の受け止め方と、編集側の想いがここまで三位一体で合致しているって、まさに奇跡ですよね」
映画会社や広告代理店に忖度しない姿勢も「映画秘宝」の面白さを支えた。さぞ抗議や苦情が寄せられたかと思いきや、岩田氏は「圧力をかけられたことは、いちどもないです」と断言する。「トホホ1位に選んだ映画会社から抗議がきたことなんていちどもないですよ。シンプルにライターと読者が映画を観て、素直に感じた生の声を正直に書いているだけなので。抗議される筋合いはないし、むしろ感謝されるべきではないかと(笑)。権力の監視はメディアの役割ですしね。みんなが敏感になりすぎている自主規制って、本当に“自主”でしかない、ひとり相撲なんだなと実感します。杞憂に終わることばかりだから。忖度なんてするだけ時間の無駄だなと思います」
創刊編集長である町山氏が脚本を手掛けた『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』(2015)がトホホ1位に選ばれたこともあった。「あの結果は会心の一撃でしたね(笑)。読者からも多くの共感を得て、笑って許してあげましょうか、という意思表示ですね(笑)。経験上、あのときも映画会社からは何も言われないと確信していたので、何も怖くなかったです。むしろおいしいなと(笑)」
ジャンルに縛られず、忖度もなく、面白い映画もつまらない映画もひっくるめて“楽しんで”映画を紹介する「映画秘宝」を失った今、映画メディアはどうあるべきだろう。岩田氏は「娯楽映画にとって、行き場のない、生きづらい時代になってしまったと言わざるをえません。たとえば、今回の総合ベスト10には『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』という、純然たる娯楽戦車アクション映画が6位に入選しているんです。この結果こそが『映画秘宝』の神髄だと思っています。日本の映画媒体で、『T-34』を年間ベスト10に入れる媒体がありますか?
混じりっけのなしの純粋娯楽ジャンル映画を年間総合ベスト10に選出し、そういう面白い映画の存在を素直に情熱をもって教えてくれる映画媒体がなければ、それこそ映画少年が育たない。大変な損失です。目利きの編集者やライターが自分の心の声だけを信じて推薦する映画媒体が、今こそ必要なんです。その理由は、昨年の映画公開本数が、邦画689本、洋画589本の合計1,278本と、過去最高を記録したからです。それに加えて、配信業界も加入者争奪戦の戦国時代の様相を呈しているので、信用できる映画の目利きが、観客の好みに応じて、新作映画を吟味し、自信をもって推薦してくれる専門媒体がなければ、観客の多くは膨大な作品数を前に、ただただ呆然と立ち尽くし路頭に迷うばかりだからです」
休刊報道の際には、大勢のファンが秘宝の復活を願い「#映画秘宝の思い出」ハッシュタグと共に、感謝のメッセージをTwitterにつづった。「『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』のクライマックスで、絶体絶命の危機に陥ったポー・ダメロンたちのもとに、民間パイロットの船の大群が現れて危機一髪を救うシーンを観たとき、涙が溢れたんですよ。空中に現れた船のひとつひとつが、全部“#映画秘宝の思い出” のハッシュタグに見えたから(笑)。今回『映画秘宝』休刊という絶体絶命のピンチに陥ったときも、愛読者や関係者の皆さまが、本当にあたたかいたくさんの愛に溢れた休刊を惜しむ言葉を投げかけてくださったことが、何よりの救いでした。休刊の報、休刊号発売の報、洋泉社解散の報と続報が続いたため、休刊を惜しむ皆さまの言葉も、未だにずっと途切れないんですよ。秘宝読者の皆さまは、本当に僕たちのソウルメイトなんだな、考えていることは一緒だなと実感する毎日です。心には温度があるんですよ。あたたかい愛読者の皆さまの言葉が、心に沁みすぎて、真冬なのに、少しも寒くないからです」
休刊時のコメントでも「でも、やるんだよ!」の精神を伝えていた岩田氏は「今の期間は、『映画秘宝』って何だろう? という本質的な問いを自分自身に投げかけて、もういちど頭を冷やして見つめ直すいいチャンスをもらえたのだと、ポジティブに捉えています。その充電期間を経たうえで、これからも自分自身の心の声に従って、15歳の自分にそっぽを向かれないように、覚悟を決めて、万難を排して『映画秘宝』の愛読者の皆さまに恩返しをしなければならないと考えています。Twitterアカウントを @HIHO NEWS に変えてこれまで通り最新海外映画ニュースを発信し続けようと決めたのも、支えてきてくれた愛読者の皆さまへの、感謝の印の第一歩なんです」と語った。金にも権力にも左右されずに選ばれた本当に面白い映画たち、そして映画よりも面白かった「映画秘宝」の記事がなければ、多くの映画ファンにとって、人生を変えるような映画との出会いはなかっただろう。休刊後のことは白紙だというが、一読者として、心からの感謝と共に復活を願う。