妻夫木聡、撮影前に夏帆と料理 型破りな役づくりの理由
直木賞作家・島本理生の長編小説に基づくR15+指定の映画『Red』(2月21日公開)でヒロインのかつての恋人にふんし、大人の色香を漂わせた妻夫木聡。『悪人』(2010)、『怒り』(2016)など型にはまらない役づくりをすることで知られる彼が、『Red』で主演の夏帆と共に試みた独特のアプローチを明かした。
『悪人』では吉田修一の小説を読み、「この役をやりたい」と役者人生で初めて熱望した妻夫木。だが、リハーサルで何度も李相日監督からダメだしされ、「主人公・祐一の気持ちで動けるようになるまで、自分を追い込む役づくりをした」と撮影当時を振り返る。以後、役に対する向き合い方が劇的に変わり、それはここ10年、彼が出演する作品にも如実に表れている。直木賞作家・島本理生がセンセーショナルな描写で描いた官能小説を、『幼な子われらに生まれ』(2017)などで国内外の注目を集めた三島有紀子監督が映画化した『Red』でも、妻夫木はこれまで見せたことのない表情を見せている。
映画『Red』は、誰もがうらやむ夫、幼い娘と、平穏な生活を送っていた主人公・塔子(夏帆)が、かつて愛した鞍田(妻夫木)と10年ぶりに再会。鞍田は家族のために自分を押し殺していた塔子の身も心も、少しずつ解き放っていく。衣装合わせの際、妻夫木は私服を持参。「僕が考えた鞍田は、ジャケットのシルエットも、窮屈すぎないけどルーズ過ぎないイメージ。これといった特徴があるわけではないんだけれど、品があって、全く印象に残らないっていうわけでもないというか」。本編で鞍田が着る黒のタートルネックの衣装は、妻夫木の私服からインスピレーションを受けているという。
塔子と鞍田の会話自体は決して多いわけではなく、それゆえに情熱を秘めた二人の濃厚な関係を観客に印象付けなければ、この物語に説得力は生まれない。だが二人のスケジュールはなかなか合わず、妻夫木は「短い時間の中で二人の関係を構築するのは相当難しかった」と振り返る。
そこで妻夫木はキッチンスタジオを借り、夏帆と二人だけで料理を一緒に作り、食事をすることを提案。「実際、生きていく中で一番必要なのは食べること。一緒に寝ることは当然かなわないけど、料理して食べることは今できることだなと思って。料理をしている時って、結構、男の人でも女の人でも素が出るんです」と笑う。実際、プライベートでも料理をするという。自身の役作りは事前にできるが、最も重要なのはやはり夏帆との向き合い方。夏帆自身、人に弱みを見せない塔子に似た側面もあり、そのガードを鞍田として開放したいという意図もあった。
自発的に共演者との関係を作り上げる試みは、綾野剛と同性カップルを演じた『怒り』でも経験済み。李相日監督に直訴してまで演じたかった優馬役を、妻夫木は直人役の綾野と二人で2週間にわたって同居生活を送り、互いに役名で呼び合いながら役づくりをした。
また、演じる人物の職業や環境を体験することで映画、そして役に向かうアプローチは『悪人』から。「『悪人』では自分に役柄を寄せていく、いつもとは全く逆の役づくりをしていたから本当に苦しくて。とにかくヒントがあるものは何でもやってみようと思ったんです。体感することが一番だろうなと思って」
実際、『悪人』では演じる祐一が殺人を犯した場所に行ったり、彼が暮らしていた設定の家の付近で生活するということも行った。「祐一が暮らしていた街を歩いていると、高台に風力発電所があるんですが、そこから見下ろす景色が自分の街だと思えて。描いたこともないのに、絵を描いてみたりもしました」。さらに、祐一が生業とする解体作業の現場でも働いてみた。「ちょっとでも経験するのとしないのとは大違い」と違和感なく解体現場のシーンを演じられたのは大きな成果だった。「気持ちの上でも解体の仕事を理解し、好きだと思えた」と振り返る。
頭で考えることを拒否し、自分自身が役に近づいていく。まさにロバート・デ・ニーロが『タクシードライバー』(1976)でトラヴィスを演じる前、1日15時間労働で1か月タクシードライバーとして働いたエピソードを思い出す。そのストイックな役作りが映画に結実し、自身も見たことがなかったという表情が映し出されたのではないだろうか。(取材・文:岡崎優子)