最もチケット入手困難なミュージカルを映画化!『ハミルトン』が伝えるメッセージ
アメリカ建国の父の一人にして初代財務長官として、10ドル紙幣にも描かれているアレクサンダー・ハミルトンの生涯を描いたブロードウェイミュージカル『ハミルトン』が、7月3日からディズニーの配信サービス「Disney+」(ディズニープラス)で世界同時配信される。社会現象級のミュージカルだけに、本国で大きな話題を呼んでいる本作で、作詞、作曲、戯曲の全てを手掛け、ハミルトンも演じた主演のリン=マニュエル・ミランダと、監督のトーマス・ケイルが思いを語った。
『ハミルトン』は、トニー賞11部門、ピューリッツアー賞、グラミー賞を受賞し、あまりの人気から、チケットはほぼ入手不可能とされるミュージカル。今回の映画版では、オリジナルキャストが演じる舞台をそのまま撮影する手法がとられた。
撮影が行われたのは、2016年6月のこと。オリジナルキャストたちの契約が終わり、舞台を去る直前だった。「ショーを上演しているリチャード・ロジャース劇場に入れられるのは、1回につき1,300人ほど。ショーを見せたくても見せられないという問題があったんだ。だから、キャストが変わる前にショーを記録しようと頑張った」というミランダ。実は彼、当時はディズニーアニメ『モアナと伝説の海』の作曲も手掛けており、「だから、映画の中の僕は疲れ顔なのさ」と笑顔で明かす。
撮影は3日間にわたって行われ、日曜日のマチネーと火曜日の夜、観客を入れたライブパフォーマンスを通しで撮影。それ以外の時間にも、9台のカメラに、クレーンやステディカムなどを駆使して撮影した。ケイル監督は、舞台でも監督を務める演出家で、ミランダとは、彼が初めて手掛けた舞台からのタッグを組んでいる。最近、ミシェル・ウィリアムズ主演のミニシリーズも監督をしていて、ウィリアムズの公私にわたるパートナーでもある。
「演技が素晴らしいことはわかっていたから、心配はなかった。すでに何百、何千というパフォーマンスをやってきているしね。映画では、レンズのおかげで動きに集中できるし、クローズアップなどで親密さを醸し出すこともできる。でも同時に、劇場でやっているからこその、生のパワーを決して見失わないようにしないといけなかった。観客全員に、最高の席で鑑賞している気持ちになってもらいたかったんだ。劇場では不可能なことだからね」
本作では、白人である建国の父たちも有色人種のキャストが演じており、歴史的な物語とヒップホップミュージックの組み合わせがとてもユニークだ。ケイル監督は、ミランダとの話し合いの当初から、多様性を持ったキャスティングを決めていたという。「舞台上の話だけど、この世界を劇場の外の世界のように見せたかったんだ。そのためには、過去と現在の距離を取っ払うべきだと思った。過去の出来事だけど、現代の観客に少しでも身近なものだと感じてほしかった。このショーの音楽言語が、ヒップホップやジャズ、R&Bなのも、こうした芸術形式を作った文化や人々をたたえる必要があると感じたからだ」
配信によって、世界中の多くの人々が本作を観られようになることになり、ミランダは、アメリカ以外の観客にも、この物語に共感してほしいと願う。「『レ・ミゼラブル』が、フランスのお話なのに、世界中で観客の共感を呼ぶようにね。日本でミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』をやっているとき、オープニングナイトに観客がスタッフのところにきて『この舞台はアメリカのミュージカルだと聞きましたが、なぜそんなことが可能だったんでしょうか? とても日本的(な物語)なのに』と言ったんだ。もし、僕らが十分な技能をもって物語を語れば、国を越えて、人々の共感を得られるのさ」
本作の撮影時、アメリカはまだオバマ政権だった。それから世の中は大きく変化したが、今こそ、このショーが重要な意味を持つことを願っているとケイルは言う。「不正や組織的な人種差別を認める必要性が今、切実に求められている。そして、誰もが『Black Lives Matter』(黒人の命は大事なんだ)について、しっかりと理解しないといけない。僕らのショーは、そうした対話の一部になれると思うし、社会に貢献することにもなると思う。それこそ僕らのゴールだよ。舞台では答えは提示していない、疑問を投げかけ続けようとしている。それこそが良質なアートの役目だと思う。挑発し、扇動し、周囲や現状に疑問を持つんだよ」
ミランダやケイルはこれまで、補助金プログラム「EduHam(Hamilton Education Program)Experience」を通じて、若者が格安の値段で『ハミルトン』を観られるようにしたり、歴史的な物事にインスピレーションを受けたパフォーマンスの創造を奨励するプログラムを進めてきた。「全く想像できなかったことだけど、多くの若者がこの舞台のセリフを覚えてくれたんだ。そして、自分で歴史を発見したりしてくれている。この作品が、自分の声は大事なものなのだと、若者を勇気づけてくれることを願っているよ。未来は、今まさに5歳、10歳、15歳、20歳、25歳……の若い人々が背負っている」とケイル。
映画版では、舞台から感じた熱いエネルギーと感動が見事に映像として捉えられており、まさに劇場にいるかのような臨場感を感じることができる仕上がり。世界配信を実現させるため、日本語字幕は間に合わなかったが、オリジナルキャストの圧巻のパフォーマンスを目にすれば、人気の理由もわかるはずだ。(吉川優子)
映画『ハミルトン』は7月3日(金)16:00よりディズニープラスで配信予定