韓国ドラマ「愛の不時着」なぜヒット?
新型コロナウイルスの影響による自粛生活で動画配信サービスの利用者が増え、そこから火が付いたNetflix配信の韓国ドラマ。かつて「冬のソナタ」(2002)が爆発的なブームになった時は、中高年の女性を中心に人気が広がったが、今回はテレビのワイドショーや男性層が中心の経済系メディアも注目し、さらにSNSでの芸能人たちの推し発言も手伝って幅広い層に広がっている。(前田かおり)
中でも、今年2月23日より配信されて以来、Netflix国内視聴ランキングの上位に常時ランクインしているのが「愛の不時着」。韓国財閥の令嬢で自らも起業家として成功しているユン・セリ(ソン・イェジン)がパラグライダーで飛行中に突風に巻き込まれ、38度線を越えて、北朝鮮へ。木の枝に引っ掛かっていたところをエリート将校のリ・ジョンヒョク(ヒョンビン)に助けられ、匿われるうちに互いに恋に落ちていくというストーリーだ。
変化する恋の障害
かつて韓国ドラマといえば、財閥の御曹司との身分違いの恋に、不治の病や記憶喪失が恋の障害になるメロドラマが多かった。今も格差ものは結構存在するが、近年は恋の障害も変化。現代から過去にタイムスリップするなど時空を超えた恋に、幽霊や異星人、ロボットなどとの恋も描かれている。そんな中で、本作は38度線というリアルに存在する障害を設定。恋に落ちてもいつかは離れ離れになる運命だけに、ストーリーが進めば進むほど自然と切なさモードは増し、そんな2人に幸せは訪れるのかと気にならずにはいられない。しかも、北朝鮮と韓国を舞台にして繰り広げられるドラマの中には、財閥の中での後継争いといったドロドロとした愛憎劇があり、主人公たちに対して執拗なまでに嫉妬や恨みを抱く悪役に、意地悪な恋のライバルも登場したり、「韓流ドラマあるある」をたっぷりと盛り込んでいる。その上、北朝鮮からの脱出に、韓国内での追走劇などスリルとサスペンスも満点。男性目線を意識したハリウッド映画張りのアクションまである。実に贅沢なのだ。
注目は、北朝鮮の片田舎で暮らす人々の日常が垣間見られるという点だ。ドラマでは実際に脱北者への取材などを通して、村で頻発する停電や盗聴、当局による検閲制度の実態を再現したという。どこまでリアルなのかは別としても、セレブで韓国でも豊かな生活を送っているセリの目を通して描かれるジョンヒョクとその部下たちや、近所の主婦たちの表情がイキイキとして、ユーモアに満ちている。つい、現実の北朝鮮って一体……と興味を抱かずにはいられなくなる。
ヒット作を連発する制作会社の存在
そもそも本作を手掛けたのは、ドラマ制作会社「スタジオドラゴン」。2018年アジアで大ブームとなった「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」、イ・ビョンホン主演のNetflixオリジナルドラマの「ミスター・サンシャイン」など、近年の韓国ヒットドラマのほとんどを制作している。クレジットに、同社のマークがあれば品質保証のお墨付きがついたようなものだ。脚本を手掛けたのも今やヒットメーカーのパク・ジウン。トップ女優と異星人との恋を描いた「星から来たあなた」(2013)や人魚伝説をベースにした「青い海の伝説」(2016)などファンタジーとロマンス要素を巧みに交えたラブコメディーを得意とする脚本家だ。特に、「愛の不時着」では伏線の張り方が非常に巧みで、しっかりと回収し、いくつもの名ゼリフも登場する。例えば、北朝鮮を脱出しようとする前に、セリが「私を完全に忘れないで」というのに対して、ジョンヒョクが「空から落ちてきた女性を忘れられるか」と答える。また別のシーンでジョンヒョクが「覚えててくれ、忘れてはならない人は憎い人じゃなくて好きな人だ」と口にする。一度目では気づかなくても見返すと、ジョンヒョクのセリに対する思いがわかるセリフも多々。本作を二度見、三度見、お気に入りのシーンをヘビロテしたくなるのもよくわかる。
ヒョンビン&ソン・イェジンのカップリング
そんな甘いセリフを口にするのは韓国男優きっての二枚目ヒョンビン。184cmの長身で演じるリ・ジョンヒョクは寡黙で堅物だが、腕っぷしは強くて、いざという時は体を張って愛する女性を守り抜く。ツンデレキャラが多いヒョンビンに似合わないわけがない。しかも、近年、映画『コンフィデンシャル/共助』(2017)や『王宮の夜鬼』(2018)などで激しいアクションを演じているだけあって、バイクアクションなど『ミッション・インポッシブル』シリーズのトム・クルーズばりの働きを見せるシーンは超絶カッコいい。その一方で、女性には不器用なので、好きな彼女に一途。さらには料理上手でピアノも弾けるなどなど、まさに女性にとって理想の男性を演じ切っている。
そんな彼に惹かれるユン・セリを演じるソン・イェジンもハマリ役。財閥の令嬢ながら、愛人の子である彼女は家族の中では居場所がなく、兄たちからは邪魔者扱いされているため、家を出て自ら起業している。男社会で成功したビジネスウーマンとしてタフで、部下にも優しい顔一つ見せない。ソン・イェジンは当初、そんな孤独なヒロインを体現するが、もともと人懐っこい笑顔も素敵な女優だ。北朝鮮に不時着してから人の温かさに触れて頑なだった心を開き、愛を見つけていくセリの心の変遷を繊細に演じている。
個性豊かな脇役キャラ
主演2人に加えて、ジョンヒョクの第5中隊の頼もしい部下たちなど脇を固めるキャラクターも本作の魅力だ。口は悪いが気は優しいピョ・チス(ヤン・ギョンウォン)に、無口だが二枚目のパク・グァンボム(イ・シニョン)、韓流ドラマ好きで韓国通のキム・ジュモク(ユ・スビン)、一番年下で弟キャラのクム・ウンドン(タン・ジュンサン)。個性あふれる4人組のわちゃわちゃしたやり取りが面白いだけでなく、彼らのジョンヒョクに対する強い忠誠心が後半になればなるほど涙腺を刺激する。そのほか、ジョンヒョクの隣近所に住む主婦たちの賑々しい顔ぶれにも注目。
運命の恋を盛り上げるスイスロケ
そして極めつけは映像美だ。特に、ロマチックなラブストーリーらしく、スイスでロケを敢行。ユン・セリ、リ・ジョンヒョクにとって大切な場所であり、運命的な場所として描かれる。てっきり、北朝鮮と韓国しか出て来ないと思って見たら、いい具合の裏切り方。しかも、スイスの美しい湖畔や街並みがこうもストーリーに絡み、ドラマチックに利用されるとは驚きだ。コロナ禍の今、海外旅行は難しいがいつの日か、本作のおかげでスイスが海外旅行先の希望上位に上がる日が来るのではないかと思うのは私だけ?