ルールは制約ではなく可能性!『TENET テネット』ノーラン流脚本術
クリストファー・ノーラン監督がインタビューに応じ、逆行する時間の中で展開するスパイアクション超大作『TENET テネット』をいかにして作り上げたのか、自身の脚本執筆術や編集作業への愛を語った。
未来から現在へと逆行してくる敵と戦う“逆行アクション”という驚異の映像に加えて、一つ一つのシーンを相互にリンクさせて組み立てられた緻密な脚本にも唸らされる本作。「TENET」というタイトルは前からでも後ろからでも読める回文であり、ノーラン監督は「この映画をできる限り回文のような構造にしたかった」と振り返る。時間の逆行についてのルールの説明はごく最小限に、スピーディーに展開していく本作だが、“どれだけ観客に説明すべきか”という点は彼が非常に頭を悩ませたところなのだという。
「明確な説明を脚本に落とし込まなければならなかったため、執筆の段階も難しく、編集の段階でもとても難しかった。なぜならそれは“何が起きているのか観客がストレスなく理解できること”と“ストーリーの勢いをキープすること”のバランスを取ることだったから。ルールについて語ると勢いを殺すことになりがちだ。だから、ルールをアクション/ストーリーを通して説明する方法を見いだすというのが、本作の制作において僕たちが引き受けることになった困難な挑戦だった。僕たちがそのバランスを達成していて、ほとんどの観客に作用するものになっていればいいのだけれど(笑)。でも、やっぱり難しいよ。人間は“どれだけ説明されたいか”という点でそれぞれに差があるし、むしろ僕たちは皆、実際に経験する方を好ましく感じると思う。だけど、ストーリーのジェットコースターに乗るにはちょっとした情報が必要だ。だから全てはバランスだね」
では、どのようにして正しいバランスを見つけたのだろうか?「たくさんの実験を何度も何度も繰り返すことで見つけるんだ。僕は脚本を書いては書き直してということをケタ外れに何度も繰り返した。キャラクターたちが物事を説明しようと互いに話すシーンは特にね。そして編集にはものすごく時間を掛けた。バランスを強化しようとやったことの一つは、シーンをカットする前に映画全体を観るということ。僕たちはそれらを一つ一つのシーンではなく、映画全体の文脈として観ていたんだ。そうしてストーリーの勢いという観点から、今は立ち止まってちょっと話を聞くものにするべきなのか、もしくは物事をどんどん進めてそこに参加させるものにすべきなのかを考えていった」
脚本執筆前に、時間の逆行についての確固としたルールを作っていたのか? という問いには「いいや、作らなかった」と即答したノーラン監督。「つまり、基礎は作ったよ。その後にやらないといけないのは、物語を意味があり、うまく作用するものにすること。その時に確固としたルールが必要になってくる。『インセプション』を書いた時もそうだった。僕は、自分が作り上げるルールを制約ではなく、可能性として見るようにしている。どのような特定のルールがそのストーリーを僕に語らせてくれるか、どのような特定の興味深い指示が僕を限界に挑ませてくれるかとね」
「例を挙げるなら、本作で扱っているアイデアの一つは“エントロピー(※熱学上の概念)&世界vs.エントロピー&個人”の関係だけど、これは執筆を始めた時に考えていたわけではない。だけど『インターステラー』でも共に仕事をした偉大な物理学者キップ・ソーンと時間に関して議論をするうちに、本作においてとても重要なストーリーの要素となる“エントロピー&世界”そして“世界の時間の向きvs.個人”というアイデアが出た。そしてそれによって、僕が予想もしなかったような非常にドラマチックなシチュエーションを生めることになったんだ。つまり、ルールとストーリーは、本作を作り上げるにあたって同時に発展していったんだよ」
脚本は慎重に組み立て、計画もできる限り緻密に立てる──そうすることで俳優たちには自由が生まれるとノーラン監督は言う。「僕は枠組みは作るけれど、それをどう撮るかにはオープンだ。朝、現場に行ってリハーサルを見て、カメラの前の現実によって導かれる。それが、僕がグリーンスクリーンの前で撮影するより、カメラの前に実物を置いて撮影する方がずっと好きな理由でもあるんだ。全てを自分の思い通りに作り上げたり、コントロールしたりしたくはない。僕がやりたいのは、観察してそれを記録することだ」
複雑な構造ゆえに多大な時間を費やしたという編集では、初タッグとなる編集者ジェニファー・レイムがユニークな見識を持ち込んでくれたと絶賛する。「『マリッジ・ストーリー』や『ヘレディタリー/継承』といった小さめの映画での彼女の仕事を見ていたんだ。その才能は明らかだったが、彼女に大作の経験がこれまでなかったことも、編集作業をエキサイティングなものにしてくれたよ。僕にとっては、編集は常に、映画制作において最も楽しい作業の一つ。なぜなら全てのフィジカルな仕事を終えた後にやって来る、いろいろなことを試す自由な時間だから」。中でも時間の順行と逆行が入り混じる、終盤の壮大な“挟み撃ち作戦”のシークエンスに関しては「観客は一時停止して分析する必要はないけれど(笑)、そこにある感情や興奮を理解してくれたらと思っている。とても気を配って全てを配置しているからね」と自信をのぞかせていた。
『メメント』『インセプション』『インターステラー』などキャリアを通して「時間」を扱ってきたノーラン監督は、これほどまでに「時間」が自らを魅了する理由について「僕たちは皆それを受け入れていて、それが僕たちの存在を定義する最も重要なものの一つと理解しながらも、それが何かすら説明できないものだからだと思う」と分析する。
「時間はすごく抽象的なものだ。僕たち人間は、そうした真に抽象的なものにとても我慢ならない。僕たちは見て、触って、味わって、匂うことができるものが好きだ。時間とはムカムカするほど抽象的であると同時に、基礎を成す重要なもの。そしてそんな時間を、映画のカメラでは、カメラの発明以前には不可能だった形で見せることができるから、時間に関する映画を撮り続けているのだと思う。僕たちは皆、カメラ誕生後の世代であり、かつては誰もできなかった異なる見方で時間を見ることができる時代に生きている。時間を巻き戻したり、素早い動きを視覚化したりといったことは、120年前にはできなかったことだ。僕にとっての映画は、時間を操ることができるユニークな媒体なんだ」。だからこそ、ノーラン監督は編集作業を愛しているのだろう。(編集部・市川遥)
映画『TENET テネット』は公開中