ヒット作連発!脚本家・野木亜紀子の流儀 12時間ぶっ続けの打ち合わせも
「逃げるは恥だが役に立つ」「アンナチュラル」「MIU404」など、大人気テレビドラマの脚本を次々と手掛けている野木亜紀子。近年はオリジナル脚本を手掛けることが多いが、脚本家として頭角を現したのは、有川浩の小説を元にした映画『図書館戦争』シリーズやドラマ「空飛ぶ広報室」などの原作ものだった。そして、脚本を執筆した最新作『罪の声』(10月30日公開)も、塩田武士によるベストセラー小説の映画化作品だ。いま最も注目される脚本家の一人である野木が、原作ものを手掛ける際に大事にしていることや、本作での苦労を明かした。
映画『罪の声』は、約35年前に日本中を震撼させた実在の未解決事件をモチーフにした同名小説に基づき、フィクションとして事件の真相に迫っていくミステリー。複数の食品会社を標的に企業脅迫事件が連続発生。犯人から警察やマスコミを挑発する挑戦状が送られ、連日世間を賑わせた。しかし、犯人は忽然と姿を消し、事件は未解決のまま時効が成立した。物語は事件発生から35年後、小栗旬演じる未解決事件を追う新聞記者・阿久津と、幼少期に自身の声が事件に使われていたことに気付いてしまったテーラー店店主・曽根(星野源)の二人を中心に展開する。
原作ものの脚本を手掛ける時の心構えとして野木は、「人様の子供を預かるような気持ち」「原作者の意図を掬いつつ、映像作品として独立させ、原作を読んでいない人にも理解できる」ことなどを挙げている。さらに『罪の声』では、原作が実際に起きた事件をモチーフにしていることから「実在の事件をモチーフにする場合、確定している事実については、過剰な色付けをしてはいけない」という難しさがあった。「被害者の方が実在している以上、やってはいけないし、不誠実なものは作れないと思うんです。そこに対しての配慮というのは、非常に気を遣ったので大変でしたね」
野木脚本の魅力の一つに、エンターテインメント作品の中に社会問題を織り交ぜる上手さがある。しかし、そこには実在の事件を基にするのと同じ難しさがあるそうで、「社会問題を扱う作品って、全方位に気を遣うんです。やっぱり実際に関わっている人がいるわけですから。それは、例えばオリジナルドラマの『MIU404』でもそう。実際にある状況や事件をヒントにしたとしても、そこからだいぶ引き離した設定にして、そのものにはならないようにしています」という。
そんな難しさがあっても、社会問題を描くことは野木にとって「自然とそうなっちゃうというところがありますよね。特に『罪の声』『MIU404』のような事件ものというのは、やっぱり社会と無縁ではなく、社会状況があって事件が起こるわけなので」と特別な意識を持っているわけではないようだ。それだけに「海外では社会問題を扱っていない作品を探す方が難しい気がするけど、日本は無臭を目指しているようなところがありますよね」との疑問も口にする。
野木は常にそういう環境の中で闘ってきたと思われるが、「どこまで伝わるかという問題はありますが、あからさまにはしないような描き方もある。例えばアニメーション映画の『ズートピア』は、人種差別などさまざまな問題が入っているけど、それに気付かないで単純なエンタメ作品として見ている方も多い。そのステルスな感じは、目指しているところでもありますね(笑)」と明るく前向きだ。
長編小説だけに、文庫本で500ページ以上にも及ぶ原作をいかにして2時間強の映画に仕上げるかという難しさもあった。それは、原作のどこを活かし、どこを削るのかという問題に、実際の事件や事実をモチーフにしている部分は変えられないという事情が絡んでいたためだ。野木、土井裕泰監督、那須田淳プロデューサーと渡辺信也プロデューサーの4人は、夕方から朝まで続くような長時間の脚本打合せを何度も行ったが、「怖かったのは、朝までかかっても何の結論も出なかった時(笑)。一生書き終わらないんじゃないかと思うような時もありました」とかなりの困難を極めたことを明かす。「それぞれ大事だと思う箇所が違うけど、それをすべて残していたら何時間あってもおさまらない。脚本担当としてはフィクション部分をショートカットしつつも、そのぶん原作に沿った何か違うエピソードや発想で繋いでいかなければいけない。予算と時間を含め、物理的にどれだけ描けるのかということの攻防と検証みたいな話し合いをしていると、あっという間に12時間経っていて(笑)」
そうして完成した映画は、原作から大きく削ったような部分をあまり感じさせず、むしろ膨らませた箇所も多い。そこにも原作ものを手掛ける際に大事にしていることがあり、「映画オリジナルの描写を加えたり、膨らませるにしても、やっぱり原作に全くないものはダメだと思う。でも、原作にあるものをピックアップして拡大するのなら、それは原作者の思いの一部だと思うので、作品を壊すことにはならないと思うんです」という。
今年は既に「コタキ兄弟と四苦八苦」「MIU404」という、2本のオリジナル脚本の連ドラが放送済み。来年もテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の続編SPや初のアニメーション脚本を手掛けた映画『犬王』などが控えている。2010年の脚本家デビュー以降、近年は特にハイペースで映画やドラマの脚本を手掛けてきた。この取材前日も「逃げるは恥だが役に立つSP」の脚本原稿を入稿したばかりだったそうで、「本当にヤバいくらい休みがないまま、ここまで来てしまったので、そろそろ休まないとこれはダメだなと(笑)。ちょっと調整しながら頑張りたいと思っています」と売れっ子ならではの苦労も漏らしていた。(取材・文:天本伸一郎)