『TENET テネット』フィルムで挑んだノーランこだわりの逆行撮影
これまでにないスタイルの映画として話題を呼んでいるクリストファー・ノーラン監督作『TENET テネット』。独創的なアイデア、CGに頼らない実写主義、公開までの徹底した情報管理など、今作もノーランらしいこだわりが貫かれた。そんな“ノーラン流”のひとつにフィルムによる撮影がある。(神武団四郎)
現在の映画制作のプロセスは、デジタルで撮影しデジタルデータのまま仕上げまで行うのが主流だが、ノーランはあえてフィルムカメラで撮影。編集などのポストプロダクションも、可能な限り伝統的な手法を通している。フィルムによる撮影は、現像という時間や予算のかかる工程が必要で、機材の調整などデジタル以上に現場での手間もかかる。それでもノーランがフィルムにこだわる理由が“画質”だという。
ノーランが主に使っているのは65mmのIMAXフォーマット。面積比率で35mmフィルムの約8倍ものサイズを誇り、密度の高い映像が記憶できる。画質を優先するなら、理想的なフォーマットだ。
巨大スクリーンで高画質のアクションが体感できる『テネット』だが、本作でもっとも特徴的なのが、人や物が時間軸を遡って進んでいく“時間の逆行”のビジュアルだ。正逆ふたつの時間軸が共存する世界を撮影するにあたってノーランは、シーンごとに主体となる人物に合わせ、逆行する演技を通常撮影する方法と、通常の演技を逆回転撮影する方法(フィルムには逆方向に記録される)を併用しようと考えた。しかし逆回転撮影が可能なIMAXフィルムカメラ自体が存在しなかったため、ノーランはIMAX社に協力を依頼。カメラとフィルムを入れるカートリッジを改造して撮影に臨んでいる。主にモーター部分の改造だったが、フィルムが大型のため、精度を保つのに苦心したという。
そうして完成した映画には、逆行しながら動く人物だけでなく、順行の人物にも“ゆらぎ”が感じられるカットもあった。CG処理を施せば、そうしたゆらぎもなく、正逆どちらも正確な動きを作り出せただろうが、そのわずかな違和感が、映画の不思議な味わいを増幅するプラスの結果になっていた。新たにマクロレンズも開発し、冒頭タイトルバックの主人公の表情など、クローズアップで威力を発揮した。
デビュー以来フィルムで映画を撮り続けているノーランだが、高画質というだけでなくフィルム特有の質感への偏愛もたびたび触れている。『ダンケルク』での来日時にもフィルムへのこだわりについて、電気的に記録されたビデオの映像は、化学反応を使ったフィルムとは違って見えるという趣旨の発言をしていた。近い将来、画質という面においてデジタルシネマカメラで撮影された映像がIMAXのラージフィルムフォーマットをこえたとしても、フィルムに記録されたもの=映画というノーランのこだわりは変わらないのかもしれない。
映画『TENET テネット』は全国公開中