松岡茉優、人生はあっという間 役に向き合い続ける現在地
女優の松岡茉優にとって、映画『桐島、部活やめるってよ』(2012)は、役者の道を拓いてくれた大切な作品。あれから9年、同作でメガホンを取った恩師・吉田大八監督と最新作『騙し絵の牙』(3月26日公開)で再タッグを果たした松岡は、何を思い、何を感じたのか。今回の撮影を振り返りながら、女優としての成長と変化、さらにはコロナ禍で芽生えた新たな意識について真摯(しんし)に語った。
■作品全体を考える余裕が出てきた
『桐島、部活やめるってよ』に出演したのが多感な高校2年生の時。このまま芽が出なければ「就職か、それとも進学か」という迷いの中で、吉田監督に見いだされ、松岡はこの作品をキッカケに仕事に恵まれるようになったと述懐する。「撮影当時16歳だったわたしは、日々役と向き合い、演じることで精いっぱいでした。吉田監督が作品に対してどんな考えをお持ちになっているのか、そこまで考える余裕は全くなかったです」
そして今回、「吉田監督と作品についてじっくり話し合うことができた」という松岡は、女優としての自身の変化を改めて実感したという。「役と向き合いたい、という気持ちは変わっていないのですが、より視野が広がって、『この映画はなぜ生まれたのか』とか、『誰に届けたいのか』とか、作品全体のことを考える余裕が出てきたように思います。10代のころは自分の役の整合性だけを求めていましたが、今はシーンを通してどう演じたらいいか、俯瞰(ふかん)で考えることができるようになりました」
■年齢的に今できる役と向き合いたい
現在26歳。女優として10年以上のキャリアを積み重ね、今まさに充実期を迎えている松岡。世間一般ではこれから夢をどんどん広げていく希望にあふれた年代だが、彼女の中の体感速度はまさに「光陰矢の如し」、その日、その時、その瞬間に生まれては過ぎ去るライブ感が強いようだ。「ついこの間まで10代だったのに、気がつけばもう26歳。人生って、きっとこのままあっという間に終わっちゃうんだろうなって思います。今なら新人役はできるけれど、そのうち新人の年齢ではなくなるし、大学生役もギリギリ。できる役がどんどん変わっていくので、今できる役と真摯に向き合い、しっかりと演じていきたい」と気持ちを込める。
さらに、女優業にまい進するため、あえて仕事から離れる時間も大切にしているという松岡。「わたしの場合は料理ですね。例えば、野菜を切ったり、焼いたり、煮たり、蒸したり……手間暇かけて出来たものを自分の胃の中に入れる。料理って、とても豊かな時間を作ることができるし、仕事からも自分を解放することができるんです。家に帰っても、つい台本を読んでしまうし、テレビをつければ知り合いが映っていたり、先輩が映っていたり、常にこの仕事に占領されてしまうので、料理に没頭する時間ってすごく大切」。役を突き詰めることも必要だが、それだけでは煮詰まってしまう。オン・オフの切り替えも不可欠なようだ。
■コロナ禍で自分の無力さを痛感
コロナ禍に苦しんだ1年、松岡にとっても、いろんなことに気づかされる特別な年となった。「1人の力ではどうにもならないことがあまりにも多くて、自分の無力さを痛感せざるを得ない日々だった」と悔しい気持ちを吐露する松岡。「でも、最近思うのは、今すぐに行動できなくても、見つめることはできるんじゃないかということ。皆さんそれぞれに救いたいもの、失いたくないものがあると思いますが、わたしは見つめ続けること、目をそらさないことを心掛けています。だって、目をそらした瞬間、他人事になってしまうから」と語気を強める。
さらに松岡は、「個人の力だけではなかなか難しいですが、自分の気持ちに正直に、それぞれがそれぞれの立場で現状を見つめ続ければ、いつか同じ思いの人と出会って、アクションが起こせるはず。とにかく無視をしないこと、他人事にしないこと、それだけでも何か変わる時が来ると信じていたい」。コロナ禍はいまだ収束をみないが、長引けば長引くほど、いろんな意識が薄れていくもの。そんな中、松岡が言う「目をそらさず、見つめ続ける」という継続の心は、今最も必要な心構えかもしれない。
■吉田監督をがっかりさせたくなかった
そんな松岡が吉田監督と9年ぶりにタッグを組んだ映画『騙し絵の牙』は、「罪の声」で知られる塩田武士の小説を映画化したエンタメ作品。出版界の光と闇を描く本作で松岡は、大泉洋演じる風変わりな編集長・速水に翻弄されながら、廃刊危機の雑誌「トリニティ」を存続させるために死力を尽くす熱血新人編集者・高野恵を演じている。「『桐島』以来ですから、とにかく吉田監督をがっかりさせたくないという気持ちが強かったです。でも、監督ご自身も『僕も同じ気持ち(松岡をがっかりさせたくない)だった。お互い様だよ』とおっしゃってくださって、なんだかちょっと、うれしかった」と笑顔を見せる松岡。
登場人物全員がマウント合戦を繰り広げる中、松岡演じる高野は、作家を愛し、本屋を愛する純真な心を貫く唯一の良心。「彼女がステキだなと思うのは、その場の空気に流されないところ。もちろん大人として流された方がいい時もあるのですが、彼女はなんとなくではうなずかない。そういうところはしなやかでかっこいい」と気持ちを寄せる松岡。役づくりにおいても、緻密な吉田監督の導きもあって、細かいところまで神経を研ぎ澄ます。
「例えば、感情を発露している時、すごくまばたきをする人もいれば、目をつぶって怒る人もいる。『ちはやふる』の若宮詩暢は、まばたきが一切いらないと思ったのでほとんどしなかった。今回の高野は、そこまでではないですが、とても真っ直ぐで人間的なキャラクターなので必要ないと思いました」。まばたきはあくまでも一つの例だが、口ぐせや手の動き、仕草など、キャラクターに合わせて「一つ一つチョイスを変えている」という松岡。「舞台は少し引きになりますが、映画は目のアップもあるくらい近い。だから一切気が抜けないんです」。豪華俳優陣による騙し合いはもとより、緻密な吉田監督と組んだ松岡の細部にまでこだわった演技にもぜひ注目していただきたい。(取材・文:坂田正樹)