震災から10年、池松壮亮が語る前を向くことの困難さと大切さ
宮城県石巻市を舞台に、東日本大震災によって行方不明になった夫の帰りを待ち続ける主人公の苦悩や葛藤、そして未来を描いたNHKの単発ドラマ「あなたのそばで明日が笑う」(3月6日、総合・BS4Kにて夜7時30分~放送)。本作で、綾瀬はるか演じる主人公・真城蒼を見守る建築士・葉山瑛希を演じた俳優の池松壮亮。震災時20歳だった池松は、どんな思いで10年間を過ごしてきたのだろうか……。本作のテーマの一つである「前に進むこと」への思いを吐露した。
池松ふんする瑛希は、震災を経験していない“部外者”として石巻にやってくる建築士。彼は、街中の空き家をリノベーションして、夫・高臣(高良健吾)が営んでいた本屋を再開しようとする蒼ら被災者たちに触れ、前を向くこと、悲しみを共有することの難しさを目の当たりにしていく。
池松は、瑛希という男性を通して「他者の悲しみを当事者じゃない人間が完璧に背負うことって無理だと思うんです」と改めて実感したという。「もちろん、役を身に纏って、何とかこの人の苦しみや思いを追体験しようという気持ちで臨んでいますが、そこにはどうしても当事者かそうじゃないかの壁がある」と難役だったことを明かす。
そんななか、脚本家の三浦直之が紡ぐ物語には大きな共感を得られた。三浦は、宮城県出身で震災の経験者だ。池松は「被災者として、被災地を見守ってくれていたり、応援してくれたりする気持ちは嬉しいけれど、一方でそうじゃない気持ち、もうそっとしていて欲しいという思いもある。そういったことを台本の細部に宿してくださっていた。だからこそ、悲惨な過去という被害者意識だけではなく、もう一歩踏み込んだ内容になっていると思います」と語る。
池松の言葉通り、重層的にテーマが内在する本作。なかでも綾瀬演じる蒼が「後ろを向くことで、前に進んでいっちゃだめなのかな」というセリフからは、前を向くこと、希望を見出すことがいかに困難であるかが伝わってくる。「人は、何とか自分の気持ちに沿う言葉を紡ぎ出すものですが、それが本当にしっくりとくる言葉かどうかはわからないもの」と言うと「蒼もあの言葉が本当に心の底にある思いなのかはわからないですよね」と問う。
続けて池松は「日本語って難しいですよね」とつぶやくと「僕は震災後によく言われていた『がんばろう日本』という言葉は、しっくりこなかったんです」と胸の内を明かす。その真意について「頑張れない状況の人に、あるいは、頑張っている最中の人に、さらに『頑張って』としか言えない自分が嫌になることがあります。でも、それでも人は前を向かなければ生きてはいけないんですけれどね」と述べる。
東日本大震災が起きたとき、池松はちょうど20歳だった。福岡から東京に上京してきたばかりで「大学や仕事に邁進している時期で、止まらない日々に追われながら、震災に対して何か行動できる余裕がなかった。そのことに対してずっと引っかかるものがあった」と述懐。この10年間で何回か震災にまつわる作品の出演依頼があったというが「タイミングが合わなかったということもありますが、簡単に引き受けることは出来なかった」と言い、池松の中に震災時にアクションを起こせなかったことがずっとしこりとして残っていたようだ。
そんななか、今回の話を受け「正直ドキっとしたのですが、10年経った今、この国で俳優として(震災と)向き合わないことはおかしいという気持ちになったんです」と心境に変化が。
出演するにあたり石巻へも赴いた。そこにはまだまだ震災の傷跡が街のいたるところに残っていた。なかでも池松が強く印象に残っていたのが、劇中にも登場する、海沿いの小学校。「おそらく多くの方は見ると辛くなってしまう場所だと思うのですが、生き残った方が、さまざまな感情のなか、懸命に10年前の出来事を、忘れずに生きて行こうとしているのだと感じました」
震災時20歳だった池松も、現在は30歳になった。池松にとってこの10年は「決してずっと前を見てきたわけではなかった。どちらかというと、強引に前を向いて生きてきた感覚はあります」と振り返ると「できれば前を向いて生きていきたい。でも皆が皆いつもそんな人生は送れない。その時その時、それが自分にとって苦であろうが楽であろうが、ちゃんと向き合って、また10年後に『こういう人生を送ってきたんだな』と思い浮かべられるように生きていきたいです」と真摯に語った。(取材・文:磯部正和)