濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』を彩るロケ地・広島の魅力
第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で脚本賞ほか4冠に輝いた映画『ドライブ・マイ・カー』(8月20日公開)。本作の撮影は大部分が広島で行われ、巨匠が手掛けた名建築や、瀬戸内の美しい町など、広島の魅力が存分に映し出されている。今回、広島での撮影風景を捉えたメイキング写真と共に、濱口竜介監督によるコメントが公開された。
本作は、西島秀俊を主演に迎え、村上春樹の短編小説を『寝ても覚めても』の濱口監督が映画化した人間ドラマ。脚本家である妻を失った喪失感を抱えて生きる舞台俳優兼演出家の家福悠介(西島)が、ある過去をもつ寡黙なドライバーとの出会いを機に、変化していく姿が描き出される。
西島ふんする主人公の家福が演出を手掛ける演劇祭の会場として使用されたのは、広島平和記念公園敷地内にある広島国際会議場。家福とみさきが初めて出会う重要な場所である。国立代々木競技場や東京都庁舎といった国家プロジェクトにも携わった丹下健三が1955年に設計した「広島市公会堂」を1989年に建て替えた施設で、公共建築百選にも選ばれている。
劇中で家福とみさきが心を通わせる重要な場所として登場するのは、実在のごみ処理施設である広島市環境局中工場。設計は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の新館や葛西臨海水族園、GINZA SIXなどを手掛けた谷口吉生によるもの。広島市内から伸びる吉島通りの終点で、瀬戸内海に面した場所にある。劇中でも語られているが、建物の中央には「エコリアム」と呼ばれる貫通通路があり、通りの起点である広島平和記念公園から瀬戸内海までを遮ることなく繋いでいる。
また、家福が広島滞在中に宿泊する場所として登場するのが、呉市御手洗。瀬戸内海に浮かぶ大崎下島の港町で、江戸時代から天然の良港として栄え、その後も多くの建造物が建てられた。当時の面影が色濃く残る街並みは、1994年に重要伝統的建造物群保存地区として選定。1937年に映画館として開設された昭和モダン建築の乙女座や船宿、お茶屋などが並ぶレトロな街並みが見どころで、観光地としても人気が高い。
そして、家福の専属ドライバーになったみさきが真っ赤なサーブで駆け抜ける印象的なシーンで登場するのは安芸難大橋。本州四国連絡架橋群を除き、都道府県道に架かる橋としては日本最大の吊橋で、橋長1,175メートル、主塔の高さ119メートルという壮観な姿が魅力となっている。高い技術力が駆使された長大吊橋として「土木学会田中賞(作品部門)」も受賞した。
このようなロケーションでの撮影が実現したが、当初は韓国・釜山で大部分の撮影を行う予定だった。新型コロナの影響で舞台を変えなくてはならなかった。濱口監督は広島での撮影やロケ地選びについて「映画のテーマとしては、車が走れる場所ということですかね。もちろん、車が走れるだけではだめで、走っている車を一体どう撮るか。それはよいカメラポジションを見つけられるか、用意できるかというのが一番大きいです」と語る。
さらに「原作は東京の話ですが、昨今は東京だと車の走行シーンはまったく自由に撮れません。最初にロケ地として釜山を想像したのも映画制作の都合上、そこであれば自由に車の撮影ができるんじゃないかと思っていたからです。でも、それがダメになって広島になりましたが、広島市のフィルム・コミッションの力もすごく大きくて、都市部での撮影も十分できたし瀬戸内の島々でも撮れた。制作部の努力のおかげでとても素晴らしいカメラポジションがたくさん見つかりました」と感謝の言葉をコメントしている。(編集部・大内啓輔)