鈴木亮平『孤狼の血』最高の悪役誕生の裏側
柚月裕子の小説を原作に、広島の架空都市を舞台に警察とヤクザの攻防を「コンプライアンス一切無視」で過激に描き、映画ファンを熱狂させた白石和彌監督による『孤狼の血』の続編『孤狼の血 LEVEL2』(8月20日公開)。公開前から早くも「日本映画の歴史を塗り替える最高の悪役」と絶賛の声が集まっている鈴木亮平。これまで爽やかな好青年のイメージが強かった鈴木がどのように凶悪な役柄と向き合い、役をつくり上げていったのか、現場の熱そのままにレポートする。(取材・文:森田真帆)
上林の髪型は鈴木のアイデア
本作で、松坂桃李演じる日岡の前に立ちはだかるのは、故・五十子会長(石橋蓮司)の右腕だった上林だ。血も涙もない、冷徹な上林を演じるのは鈴木亮平。白石監督が東北を舞台に作った映画『ひとよ』(2019)で吃音のある長男を演じた鈴木は、同作の撮影で白石監督を驚かせた。「鈴木さんは完璧に演じてくれた。それも吃音の方を熱心に研究していた鈴木さんが頭に残っていて、上林役は鈴木さんしか考えていませんでした」という白石監督の熱烈なオファーが叶い、上林役に決定した鈴木。これまで爽やかで好青年な役柄が多く、バラエティ番組などでも礼儀正しい彼の姿を見てきたファンは、スクリーンに登場した上林の狂気に恐れおののくことだろう。今回、コロナの影響で多くの撮影が延期や中止になった。俳優たちはまるで檻に入れられたように芝居ができない日々が続いた。それは鈴木も例外ではなく、彼自身、緊急事態宣言中は自宅でひたすらに上林という男と向き合い続けた。上林のビジュアルづくりにも意欲をみせ、髪型に鈴木のアイデアが採用されたという。そうして、ドラマやCMでは見せたことのない姿でスクリーンを支配していった。
上林の少年時代を作り上げた美術監督・今村力
上林という男には、あまりにも悲しい過去が隠されている。作中に登場する、上林の少年時代は、第42回日本アカデミー賞最優秀美術賞を『孤狼の血』(2018)で受賞した美術監督の今村力が作り上げた家が重要な鍵となってくる。今村にセットについて聞くと、まるで子供の頃から上林を知っているかのように、「父親はひどい暴力を振るっていてね。風とか雨とか、全部入ってくるようなボロボロの長屋で一升瓶飲んでいつも飲んだくれているんだ」と、少年時代の物語が語られる。部屋にある小道具一つにもこだわり、キャラクターが日々を過ごしていた世界観が作られていった。「上林の生家」でのロケが、鈴木にとって大きな意味があったようで、前日から「たくさんのスタッフの方から、上林の生家は今村さんがすごい美術で仕上げていると聞いているんです。上林の中の怪物が生まれた場所ですから、そこで自分が何を感じられるのかがとても楽しみです」と話していた。実際、撮影当日は白石監督はもちろん、鈴木自身、今村によって作り上げられた空間の中に立ったとき、想像以上の思いを受け取っていたのは明らかだった。貧しく、暴力にまみれ、絶望した上林少年の過去に触れたとき、鈴木が長い時間をかけて用意してきた上林というキャラクターはさらに深みを増し、その後待ち受けるチンタ(村上虹郎)との対峙、宿敵・日岡との対決へとつながっていったのだ。
鈴木亮平がけん引した上林組の結束力
その昔、東映撮影所ではヤクザ役の俳優たちが演じた役柄そのままに、徒党を組んでスタジオを闊歩していたという逸話がある。鈴木演じる上林と、彼の後を追う上林組の組員たちもまた、そんな伝説を思い起こさせるような絆を撮影中に築いていった。兄貴分の鈴木は、常に組員役の俳優たちと芝居中のみならず会話を密にとり、自身の出番がなくても上林組のシーンが撮影される日には顔を出していた。特に前半では、宇梶剛士、寺島進、吉田鋼太郎ら一癖も二癖もあるベテラン俳優たちを前に、上林と共に「いつだって潰したる」という気迫をみなぎらせなければならないのが、呉原市内で最も凶暴な武闘派ヤクザである上林組なのだ。だからこそ、鈴木自身も俳優たちを鼓舞し続け、鈴木からのアドバイスをギラギラした目で聞く俳優たちからは、本番が近づくにつれて「負けてたまるか!」という気迫が感じられた。この絆が生まれたのは、コロナ禍だったからこそかもしれない。広島に1か月、ホテルに缶詰となった彼らだからこそ生まれた絆であり、その絆は孤独な日岡の存在を一層際立たせることになったのだ。
最高の悪役、誕生
かつて映画『仁義なき戦い』(1973)を鑑賞した男たちが菅原文太らキャストになりきって映画館を出てきたように、時に静かに話し、時に怒声をあげ、時に不気味な笑みをたたえながら話す。さまざまな表現で作られていった上林のセリフ一つ一つは、真似したくなるほどかっこいい。それは狂気じみたダークヴィランでありながら、どこか彼の正義に納得してしまう、そんな複雑な思いを観客に感じさせる役柄に鈴木が上林を昇華させたからだろう。凶暴で恐ろしいのに、なぜこんなに惹かれてしまうのか。きっと本作を観た多くの人が「鈴木亮平がヤバかった」と話すだろう。まさに「日本映画史に残る最高の悪役」だ。そんな悪役が完成したのは、ひとえに真摯に役柄と向き合い続け、作品にすべてをかけた鈴木の情熱によるものだ。だからこそ、今回、役所広司が演じた大上を失った日岡役の松坂と阿修羅の如き戦いぶりを見せることができた。鈴木にとって最大のライバルである松坂に対する気迫は、リハーサルからみなぎっていた。そんな2人が火花を散らす姿を、モニターの前で白石監督はうれしそうに見つめ続ける。役者にとってここまで自由に、そして最高の俳優仲間と共に自分たちの表現を爆発させられる現場は、この上ない幸せなのではないだろうか。自粛期間を経て、たまっていたエネルギーをすべて出し切った鈴木の過去最高であり最恐の演技を堪能してほしい。