『竜とそばかすの姫』なぜヒット?コロナ禍で健闘の背景
細田守監督の新作アニメーション映画『竜とそばかすの姫』が好調だ。7月16日より全国416館(IMAX38館含む)で公開された本作は、初週の土日2日間で興行収入6億8,000万円を記録。これは、最終興収58.5億円を突破し細田作品最大のヒットとなった『バケモノの子』(2015)の初週(6億6,703万5,100円)を上回る成績だ。新型コロナウイルス感染拡大により東京都では7月12日より4度目の緊急事態宣言が政府より発令され、8月2日より対象地域が埼玉、千葉、神奈川、大阪まで拡大した。それに伴い、大手シネコンチェーンなどが席数の制限、時短営業を余儀なくされた。そんな中で健闘している本作の背景を分析してみた(※数字は興行通信社、配給調べ)。(文:神武団四郎)
『竜とそばかすの姫』は、細田監督がプロデューサーの齋藤優一郎と共に設立したスタジオ地図の第1作『時をかける少女』(2006)から数えて6本目の長編アニメーション。幼いころに母を亡くし心に傷を負った17歳の高校生・内藤鈴が、インターネット上の仮想世界<U(ユー)>に、分身である歌姫ベルとして参加することでかけがえのないものを見つけていくストーリーだ。『デジモンアドベンチャー/ぼくらのウォーゲーム!』(2000)や『サマーウォーズ』(2009)でも描いた、ネット世界を舞台にした物語であること。『バケモノの子』(2015)、『未来のミライ』(2018)と男の子が主人公の作品が続いた細田監督にとって、『おおかみこどもの雨と雪』(2012)以来となる“ヒロインもの”としても公開前から注目を集めていた。
サプライズありのキャスト発表
声優陣においてはフィールドやバックグラウンドにとらわれることなく、役に最もふさわしいキャストにこだわる細田監督。これまでも神木隆之介や宮崎あおい、黒木華、役所広司、広瀬すず、福山雅治、大泉洋、リリー・フランキーら錚々たるキャストが作品を彩ってきた。主人公が仮想世界<U>の歌姫でもある今作では、鈴/ベル役にミュージシャンの中村佳穂、彼女のクラスメイトに久武忍役で成田凌、鈴の親友・別役弘香役で音楽ユニットYOASOBIの幾田りらのほか、染谷将太、玉城ティナら個性豊かなメンバーが集結。キャスティングでは存在感やにじみ出る人間性を重視するという細田監督らしい配役が話題を呼んだ。<U>の世界に破壊や混乱をもたらす竜のキャストのみ伏せられていたが、7月6日の完成報告会見で佐藤健であることを発表。公開を直前にした絶妙なタイミング、そしていまや日本映画を代表する存在となった佐藤の細田作品初参加という二つのサプライズは大きな反響を呼ぶことになった。
金曜ロードショーで新作に紐づく細田作品を3週連続放送
宣伝効果では、日本テレビ系「金曜ロードショー」(夜9時~10時54分)も大きかった。同番組では7月2日より公開初日の16日にかけ、3週連続で細田作品3本を放送。セレクトは、おおかみおとこを愛したヒロインの成長を綴った『おおかみこどもの雨と雪』、現実世界と異世界を生きる少年と家族の絆を描いた『バケモノの子』、そして仮想世界OZでの冒険活劇『サマーウォーズ』と、いずれも『竜とそばかすの姫』と関わりのある作品ばかり。最も新しい『バケモノの子』で6年前、最古の『サマーウォーズ』に至っては12年前の作品のため、細田作品を知らない層への認知度を高めることにもなった。また、細田作品は世代を超えて楽しめるエンターテインメントでありながら、深読みする楽しさも味わえるため、時を経て触れることで新たな発見をした人も多いだろう。日本テレビはスタジオ地図とともに『竜とそばかすの姫』製作の共同幹事を務めていることもあり、理想的な形でのバックアップとなった。
身近なテーマで口コミ広がる
さまざまなシチュエーションや世界を舞台に、若者たちの葛藤や成長を描いてきた細田監督。ネットに広がる<U>の世界で成長する鈴の姿を描いた今作は、暮らしとネットがシームレスにつながった社会に生きるわたしたちにとって、極めて日常に近い物語だといえる。加速度的なICT(情報通信技術)の進化にさらされている今日、生体情報と連動した<As(アズ)>と呼ばれるアバターや認証システムを含め、『サマーウォーズ』の時に感じた「いずれは」という遠さはない。才能を自由に発揮できる一方、ターゲットになると容赦なく叩かれるネット社会の光と影など、見終えた後に誰かと語りたくなるような身近さもヒットの要因といえる。
細田作品のヒロインは『時をかける少女』の紺野真琴(声:仲里依紗)、『サマーウォーズ』の篠原夏希(声:桜庭ななみ)、『おおかみこどもの雨と雪』の花(声:宮崎あおい)、『未来のミライ』の未来から来た妹のミライ(声:黒木華)と、活発もしくは強い女性のイメージが強い。しかし今作の鈴は、自分の気持ちを隠すようにして生きる女の子。多くが自身を重ねられるヒロイン像も多くの共感を呼ぶことになった。
主人公の声も務めた中村佳穂の歌唱が“現象”に
ディズニーの長編アニメーション『美女と野獣』(1991)の大ファンを公言する細田監督。美女と竜(野獣)の触れ合いを描いた『竜とそばかすの姫』ではキャラクター、場面設計を含めその影響が随所に見てとれる。楽曲を重視した構成も『美女と野獣』との共通点の一つで、鈴のAsであるベルは優しい歌の力で竜の心を癒やしていく。オーディションで主役をつかみ取ったという中村は演技の経験を持たないが、その表現力は舌を巻く高さ。もともと高く評価されてきた歌唱力はもちろん、セリフから歌へと流れるように入っていくさまは鳥肌ものだ。
メインテーマを手がけたのは、King Gnu のリーダーで米津玄師らのプロデュースでも知られる常田大希。音楽には、『SR サイタマノラッパー』シリーズ、『モテキ』などの作曲家の岩崎太整、ゲームクリエーター小島秀夫の長年のコラボレーターとして知られるスウェーデン出身の作曲家 Ludvig Forssell、米津玄師や宇多田ヒカルとの共同作業やドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」の劇伴などで知られる作曲家の坂東祐大が参加。美しく繊細な楽曲の数々が、内気な女子高校生が歌の力で世界を大きく変えていく奇跡の物語を盛り上げた。ヒロインのBelle(中村)が歌唱する劇中歌「歌よ」「心のそばに」「はなればなれの君へ」などは積極的にプロモーションに使われ、映画の公開に合わせて配信を開始。MVも公開され、美しいメロディーで人々の心を魅了。iTunes、Billboard JAPAN などのチャートを席巻するなど“現象”を巻き起こすこととなった。
公開から3週連続で1位をキープ、8月1日までの累計で動員236万人、興収33億円を突破している『竜とそばかすの姫』。この勢いがどこまで伸びていくのか見守りたい。