西島秀俊はなぜ村上春樹映画にハマる?『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督がオファーの理由語る
村上春樹の短編小説を、『寝ても覚めても』の濱口竜介監督が映画化した『ドライブ・マイ・カー』が公開中だ。本作で、妻を亡くした喪失感に苦しむ主人公を演じたのが西島秀俊。キャスティングについて「西島さんは村上春樹の世界自体にすごく親和性がある」と語る濱口監督が、その理由を語った。
本作は、2014年に刊行された村上春樹の短編集「女のいない男たち」所収の一編である「ドライブ・マイ・カー」を、同短編集所収の「木野」「シェエラザード」のエピソードを交えて映画化。妻を亡くし喪失感を抱えながら生きる演出家・俳優の家福(西島秀俊)が2年後に広島の演劇祭に向かう中で、寡黙なドライバーのみさき(三浦透子)と出会い、これまで目を背けていた妻の秘密を向き合っていくさまを追う。本作は今年7月に行われた第74回カンヌ国際映画祭において最高賞を競うコンペティション部門に出品され、共同で脚本を手掛けた濱口監督、大江崇允が、日本人として初の脚本賞に輝いた。
西島にオファーした最大の理由は、濱口監督がかねてから敬愛する俳優であったこと。学生時代に観ていた映画体験を思い返しつつ、「西島さんは僕らの世代(40代前半)が観ていた日本映画のスター監督たちの映画に軒並み出ていた方。自分が20代のときに現代の日本映画を観ていたときに一番よく観ていた俳優さんでもあったし、シンプルに佇まいがものすごく好きだった。余計なことをしないというか、その場に『居る』ことができる方だと。そういう印象はずっとあり、見るたびに驚かされるところがあったので。ご一緒したいとずっと思っていました」
主演の西島が村上作品と携わるのは、2度目。村上の短編集「レキシントンの幽霊」に収められた短編を市川準監督が映画化した『トニー滝谷』(2005)ではナレーションを務めている。原作小説で描かれる家福は、西島と同じ俳優でありながら、例えば「家福はいちおう『性格俳優』ということになっていたし、入ってくる役もいくぶん癖のある脇役であることが多かった。顔はいささか細長すぎるし、髪は若いうちからもう薄くなり始めていた。主役には向かない」といった描写があり、実像とはかなり異なる。原作における主人公の設定の違いをふまえたうえで、濱口監督は西島が村上作品と親和性が高いと考える理由について以下のように話す。
「家福には、余計なことをしないという表現が正しいかどうかはともかく、たたずむ力というか、そういうものを持った俳優が必要な気がしました。感覚的な判断ですが、家福のみならず村上作品の主人公たちって、そんなに自分を明らかにするようなタイプの人がいない印象です。その人の考えていることが、描かれている世界に対するリアクションとしては出てくるけれど自分から積極的に何かをするタイプではなくて、どこか『受けて』から返すというのがまず基本としてあるような。ですから、演じる俳優も本当にそういうことができる方じゃないと難しいのではないかと。容貌は勿論違ったんですけど、人間性の面では西島さんを当てはめて読むことが自分にはできたので、すごく自然なキャスティングではありました」
本作で、濱口監督が特に西島の演技力に驚いたシーンがあるという。家福が公園で舞台稽古を行い、二人の女優(パク・ユリム、ソニア・ユアン)の演技を他の出演者たちと共に観ている場面だ。
「あるテイクで、演技の最初から最後まで通しで撮っていて、僕は役者さんにおまかせしている状態だったんですけど家福が演出家としてあるタイミングで『OK』って言って演技を止めなければいけないんですよね。二人の役者の間に何かが生まれて、家福が腑に落ちた瞬間に『OK』と演技を切る。そのタイミングが家福、演じる西島さんにまかされているんですけど、実際には二人は家福に背を向けていて、どんな演技をしているのかというのは西島さんの位置からはよく見えないはずなんです。にもかかわらず、その『OK』のタイミングがカメラ側から見ている自分から見ても、本当に完璧で。西島さんは相手の芝居をよく見て、聞いてくださる方だと徐々にやりながら実感をしていったのですが、それを目の当たりにしたシーンでした」
本作が濱口組初参加となった西島だが、カンヌで脚本賞を受賞した際には「監督が村上春樹さんの原作を問いとし、過去と真摯に向き合う事で人は絶望から再生することが出来るという答えを示したこの作品が、世界の人々の共感を呼んだのは本当に素晴らしい事だと思います。監督の、人への深い洞察と愛情の力です」と濱口監督に惜しみない賛辞を送っていた。(編集部・石井百合子)