田中圭、巻き込まれ主人公を演じる極意とは?主役としての俳優論
憎めないダメ男からシリアスな悪役まで、どんな役でも巧みにこなす俳優・田中圭。なかでも秀逸なのが、大ヒットドラマ「おっさんずラブ」などでも魅せた“巻き込まれ主人公”というキャラクター。そのドタバタぶりは、もはや田中ワールド全開の名人芸といっても過言ではない。中谷美紀と共に主演を務めた『総理の夫』でも、日本初の女性総理を目指す妻を支えるお人好し夫を熱演し、真骨頂を発揮しているが、田中流“巻かれて輝く”演技の極意とは?
『総理の夫』は、原田マハのベストセラー小説をもとに、知らぬ間に妻が日本初の女性総理大臣になっていた鳥類学者が、政治に翻弄(ほんろう)されながらも夫婦一丸となってさまざまな障害を乗り越えるヒューマンコメディー。田中が演じる相馬日和は、妻の凛子を愛するピュアな気持ちと鳥類研究所に務めるオタクな一面、さらには大財閥の御曹司ならではの優柔不断さを持ち合せるがゆえに、気がつけばトラブルの渦に巻き込まれている、という役どころ。果たして日和は、凛子をしっかりとバックアップし、家族を守ることができるのか?
結婚して「自己責任」の意識がより強くなった
家庭を持ちながら、政治家として死力を尽くす凛子に対して「すごく感情移入できたし、もう泣けるほど応援したくなった」と語る田中。ところが、自身が演じた日和に対しては一言あるようだ。「凛子のことを一途に思うことに一点の曇りもないところはすごいですよね。かといって、まったく自分がないかというと、そうではない。鳥類研究という自身のライフワークもしっかり持ちながら、それでも凛子を優先する愛の深さがある。作品を観る分にはとても共感できるんですが、ただ、“田中圭”としては、奥さん総理だし(笑)、環境があまりにも違いすぎて、共感しようがなかった」と率直に語る。
では、田中が考える理想の夫婦、家族とは? 「これは本当に個人的な考え方なのですが、結婚した時に、『家族のために仕事をしている』という感覚は持たないことに決めたんです。あくまでも自分が好きでやっている仕事(俳優業)が、結果として家族を幸せにできるようにがんばろうと。『家族を養っているんだ』『食わせてやっているんだ』という感覚でいると、うまくいかない時に家族に当たってしまいそうで嫌だったんです。結婚したことで、より“自己責任”の意識を強く持とうと思ったんです」
巻き込まれ主人公を演じる極意は「何もしないこと」
それにしても田中は、トラブルに見舞われ、慌てふためく“巻き込まれ型”の主人公を演じると俄然、輝きを増す。近年、俳優としてブレイクできたのも、ちょっと憎めないダメ男と田中のパーソナリティーの相性のよさが圧倒的な存在感を生み出しているように見える。これに対して田中は「10年前は、主役を演じられる人って芝居がうまく、カリスマ性があって、座長としてみんなを引っ張るイメージがあり。でも個人的には、別にそういう人じゃなくても主役はできるし、“受け”の芝居をやる人が主役をやったっていいんじゃないかとずっと思っていた」と胸の内を明かす。そんな思いを抱きながら、主役級の俳優となった田中のもとに、本作のオファーが届く。
「脚本を読んだときに『何もしない主人公、やっと来たー!』と、思わずうれしくなりました。まさに、日和は巻き込まれ男の最たるもの。最愛の妻が総理になったことで生活が激変し、ただの鳥オタクだった彼が、政治というダークな世界に振り回されて、どんどんパニックになっていく。『おっさんずラブ』の春田は、自分でやらかしていくところがあったけれど、日和は何もしていない。ただ、周りの事件や人間関係に巻き込まれるだけ。演じるときも『自分からは動かない』という思いで撮影現場にいました」
そして「巻き込まれ男を演じる極意があるとするなら、『何もしない』……これこそ究極じゃないでしょうか」と明かす田中。これまで実績を積み重ねてきたからこそ、日和という役が田中に吸い寄せられてきたようにも思えるが、何もしない男がただ巻き込まれていく、その反応の面白さが、この映画の最大の見どころであることは間違いない。(取材・文:坂田正樹)
映画『総理の夫』9月23日より全国公開中