『燃えよ剣』鈴木亮平が下積み時代に学んだリーダー論
岡田准一と原田眞人監督が『関ヶ原』(2017)に続きタッグを組んだ映画『燃えよ剣』(10月15日公開)で、新選組局長・近藤勇を人間味あふれる“愛されキャラ”として、時に真摯(しんし)に、時にユーモラスに体現してみせた鈴木亮平。弱さもさらけ出しながら志士たちの感情をまとめ上げていく近藤の求心力に「親近感を覚えた」という鈴木が、紆余曲折のアプローチと共にリーダーに対する持論を語った。
本作は、『関ヶ原』の原作者でもある司馬遼太郎(遼のしんにょうは点2つ)の同名ベストセラー小説に基づき、幕府の権力を回復させ外国から日本を守る佐幕派と、天皇を中心に新政権を目指す討幕派の対立が深まる江戸時代末期を駆け抜けた新選組の志士たちを描いた歴史スペクタクル。主人公の新選組副長・土方歳三役の岡田、新選組局長・近藤勇役の鈴木をはじめ、一番隊組長・沖田総司に山田涼介、初代筆頭局長・芹沢鴨に伊藤英明、土方が思いを寄せる女性・お雪に柴咲コウと、主役級のオールスターキャストが集結した。
大河「西郷どん」と真逆の役に戸惑い
本作のオファーを受けたのが、NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」(2018)を終えた直後だったという鈴木。「図らずもコロナ禍で公開が延びたため大河の放送時期と映画の公開まで時間が空きましたが、当初は『西郷どん』から本作の撮影に入るまで3か月くらいしかなかったので、これまで(演じる西郷隆盛が)敵として戦っていた新選組のリーダーを演じることに皆さんは納得してくれるだろかと本気で悩みましたね。特に西郷隆盛を愛する鹿児島の方々のお気持ちを考えると不安でいっぱいでした」と振り返る。
この役を受けるか否か。ギリギリまで悩んだ鈴木が葛藤を乗り越え、近藤を演じることを決断するに至った背景には、原田監督と岡田の存在があった。「原田監督の作品は緊張感があって、画も素晴らしく、とてもダイナミック。俳優としてその唯一無二な世界にどうしても入り込んでみたかったし、岡田さんとは『海賊とよばれた男』(2016)で共演しているのですが、われわれの世代の中でもトップを走る俳優。彼のそばでもっといろんなことを吸収したかった」と胸の内を明かす。さらに、幕末期に対する知的好奇心も決め手の1つとなった。「幕末を真逆の立場から見たら、いったいどんな景色が見えるのか。動乱の時代をより多面的に捉えてみたいという好奇心もありました」
豪胆かつチャーミングな“ハイブリッド”リーダーを模索
ストイックな役づくりで知られる鈴木は、特に実在の人物を演じる際、情報収集に余念がないそうだが、今回は司馬の原作があったため、いつもとは少々勝手が違ったようだ。「近藤の生誕地をはじめ、ゆかりの場所を訪れたり、書き遺したものを読んだり、新選組とはどういう存在だったのかを調べたり。自分なりに情報をかき集め、かなり豪胆でストイックなリーダーだったことがわかってきたのですが、司馬さんが描く近藤は、ちょっと間が抜けていたり、調子に乗りやすいところがあったり、実に人間的でチャーミングだったんですよね。ですから、その世界観も壊さないよう“ハイブリッド”な近藤をつくり上げていくことになりました」
新選組の顔とも言える近藤に、毅然としたリーダー像をイメージしているとしたら少々面食らうかもしれないが、司馬の世界に原田監督のアイデアも加わり、鈴木はそのキャラクターを存分に楽しみながら演じ切った。「僕らの中に、凝り固まった時代劇のイメージってあると思うんですが、そうじゃないこともやっていたと思うんですよね。例えば、披露宴で楽しくなって急に踊りだしたり、写真を撮るために顔を白塗りにしたり……。『武士ならこんなことは絶対にやらない』という固定概念をなるべく排除して、1人の人間としていろんな面を見せられれば自然でいいんじゃないかと。今日の近藤と明日の近藤がまったくの別人に映ってもいいじゃないか。そのくらいの気持ちで演じさせていただきました」
ダメなところも見せる近藤勇に親近感
新選組の実務的なリーダーが土方なら、志士たちの感情を一つに束ねるリーダーが近藤と言える。鈴木自身も、これまで数々の映画やドラマで座長を務め、最近ではドラマ「TOKYO MER~走る緊急救命室~」や「西郷どん」、映画『孤狼の血 LEVEL2』などで、タイプはまったく違うものの組織のトップを演じる機会が多い。そんな彼が理想とするリーダー像とはどんなものなのか。
「僕の場合、20代のころは脇役が多かったので、いろんな主役の方の立居振る舞いを見てきました。力強くリーダーシップをとる方をはじめ、本当にいろんな方がいて、そこに関する情報の引き出しは多いかもしれません」と思いを巡らす。さらに鈴木は、長年の経験から「リーダーには2タイプいる」と指摘。「1つは非の打ちどころがなく、背中で見せていくようなタイプ。そしてもう1つはダメなところも隠さずさらけ出し、『この人を助けていきたい、持ち上げていきたい』と思わせてしまう親近感のあるタイプ。自分は前者にはなれないことをある時点で気づいてしまったのですが、ダメなところを見せていく……というより、自然に漏れてしまうタイプかなと(笑)。近藤さんもきっとこっち側だったと思いますが、それが自然でいいかなと今は思っています」と笑顔をみせた。
ところで、京都にある新選組の屯所・前川邸の雨戸に近藤の落書きが残っているそうで、裏面には「勤勉 活動 努力 発展」、表面には「会津新選組隊長近藤勇」と墨書されているのだとか。「ストイックで熱い人だけれど、真面目なことを書いたその裏に、でかでかと自分の名前を書いちゃうところが愛すべきキャラクター。ちょっと子供っぽいスター性がチャーミングですよね」と目を細める鈴木。その雨戸の落書きから、「演技のインスピレーションがさらに広がった」と笑いながら語る鈴木の表情に、映画の中の近藤勇が一瞬顔を覗かせた。(取材・文:坂田正樹)
映画『燃えよ剣』は10月15日より全国公開
ヘアメイク:宮田靖士(THYMON Inc.)スタイリスト:臼井崇(THYMON Inc.)