永山瑛太、生きづらさを抱える人へ 俳優の枠を超える原動力
現在、10年ぶりとなる月9ドラマ「ミステリと言う勿れ」(フジテレビ系、毎週月曜21時~21時54分)が放送中。ドラマや映画で存在感を発揮し、いま最も脂が乗っている俳優の一人である永山瑛太。近年はフォトグラファーとしても活動の幅を広げているが、俳優がショートフィルムの監督に挑戦する企画の第二弾「アクターズ・ショート・フィルム2」(2月6日午後5:00~WOWOWで放送・配信)では、念願の監督業にチャレンジ。名優・役所広司を主演に迎えて短編を撮り上げ、「一生の宝物ができた」と喜びをかみ締める。監督として作品に向き合いながら「俳優として生きることは、ものすごく孤独なことでもある。自分はなぜ俳優を続けているのだろう」と考えたという永山が、現在のモットーを明かした。
生きづらさを抱える人に寄り添うものを
「アクターズ・ショート・フィルム」は、豪華俳優陣が予算・撮影日数など同じ条件で25分以内のショートフィルムを制作するプロジェクト。米国アカデミー賞公認・アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」のグランプリを目指す。永山は前回の同企画において、森山未來監督作品『in-side-out』で主役を演じていた。「もちろん未來と一緒に作品をつくれるという喜びも大きかったですが、“なんで僕がその企画の監督に入っていないんだ、聞いていないぞ!”という嫉妬心もありました」とお茶目に笑う永山。「森山組で撮影をしているときにも、プロデューサーに『このプロジェクトってまたやるんですか?』とさりげなくジャブを打つように聞いたりしていて(笑)。『撮りたいですか?』とお声がけいただいたときは、うれしさのあまりすぐに“やります!”と構成を練り始めました」と前のめりで参加したという。
永山のつくり上げた短編映画『ありがとう』は、家族と離れて死に場所を求めてさまよう男が森の奥へと入り込み、奇妙な若者と出会う物語。永山は、以前から監督業に興味があり、頭の中にはいくつかの構想もあったといい、自分が撮るならば、生きづらさを抱えている人たちに寄り添うものにしたかったと明かす。
「コロナ禍になる前から、生活に困っている人や、生きづらさを抱えている人の心を少しでも明るくできるものをつくりたいと思っていました。一人でもいいから『生きているって結構面白いことだな』と思ってほしい。他に考えていた構想も『メリー・ポピンズ』のようなファンタジーなど、苦しいときに観たら救われるようなものでした。また若い人にとって『自分も映画を撮ってみたい』という感覚になるものにもしたかった。自分のエゴイズムというよりも、観てくださる方の心の機微に触れるようなものにしたかったです」と“誰かのために”という思いが、何よりの原動力になっている。
役所広司を主演に迎え「これ以上の恍惚感はない」
傷だらけの主人公を役所広司が演じている。かつて、永山は役所の監督デビュー作『ガマの油』(2008)に出演。役所と父子役として共演した。永山は「役所さんに出演を断られたらこの作品を撮る意味はないとも思っていた」という。
「役所さんには『生きることに行き詰まった男がどうなるか……という話を描きたいんですが、どうでしょうか?』とお話しさせていただきました。その時点で『その後、どうなるの? 彼はどうするの?』と興味を持ってくださった雰囲気もあって」とオファーの瞬間を振り返りながら、役所に手渡した台本には「ほぼ設定と動きしか書いていなかった」と話す。「現場で生まれるものを大事にしていました。映画やドラマでも、いきなり著名な俳優さんのモノマネをしてしまったり、僕自身よく台本に書いてないことをやってしまったりするので」と笑いながら、役所にも自由に演じてもらったと述懐。「自分の頭の中でイメージしていたものが映像化できて、それを役所広司さんに演じてもらえるなんて、本当に一生の宝物ができたよう。これ以上の恍惚感はないです」と感激しきりだ。
「いろいろな構想があった中でも、一番実現が難しそうなものに挑みました。でも苦労は感じず、すべてが楽しくてワクワクしていました」と充実感をみなぎらせる永山。監督業を経験したことで、発見したことも多かった。
「役所さんをはじめキャストさんを現場に迎えるまでには、いろいろな準備が必要になります。こんなにも準備って大変なものなんだということを、僕はなんとなくでしかわかっていなかったような気がしていて。現場で『瑛太さん、入ります』と迎えてもらうまでにも、スタッフの方々が一生懸命に準備をしたり、調べ物をしたり、意見を出し合ったり、みんなが丁寧にものづくりに打ち込んでいるんだなと。スタッフへの感謝を改めてかみ締めましたし、一緒にものづくりをしている中でどうして俳優部だけ持ち上げられているのかな、という点は少し疑問に思うところでもあって」と素直な胸の内を吐露。「表に出る者として、責任を背負うことも感じた」と続ける。
俳優の枠を超え、新たなステージへ
さらに永山は「監督はすべてに対して、自分で答えを出していく仕事。その怖さも感じました。一方、俳優の仕事は答えが見えない。納得がいくこともないし、気持ちいいとか、楽しいと感じながらやっていることでもない。監督業をやりながら、なぜ自分は俳優を続けているんだろうと思うこともあった」と告白。「答えが出ないからこそ続けているのかなという気がして。お芝居をしている中で、奇跡的に心がグワっと動く瞬間がある。その瞬間のためにやっているのかもしれません」と思いを巡らせる。
昨年は20年間所属した事務所を退社し、独立。また新たなステージへと足を踏み入れた。昨年11月に発売された広瀬すずの2022年版カレンダーではカメラマンを務め、今年1月20日には月刊女性ファッション誌「GINZA」でキャスティング、ロケハン、撮影まで務めた連載をまとめた写真集「永山瑛太、写真」が発売された。今の仕事への向き合い方は、「答えがわからなくてもいい。わからないまま突き進んでいく」というスタンスだそうで、「広瀬すずさんのカレンダーを撮らせていただいたり、絵を描いたり、写真集を出したり、そういったことも『これをやっていいのかな』と思うのではなく、もうやってしまうことが大事」となんともアグレシッブだ。
忙しいのはいいことなのか?俳優はバランスが難しい
同時にマイペースということも、永山の現在のテーマになっている様子。それは俳優業について「とても孤独な仕事」だという実感があるからだ。
「最終的に俳優は一人でその役に向き合って、調べ物をしたり、肉体づくりをしたり、自分はどこまで行けるのかと考えていく。その労力をいかにポジティブに捉えられるかが大事なのかなと思っています。20代の半ばくらいは、大河ドラマや連続ドラマをやって映画もやって……と、同時期にいろいろな作品を抱えて必死に走っていました。その頃は『この仕事は自分に向いていないんじゃないか』と感じることもあって。でもそのときの僕には、そう感じるくらい追い込まれることが必要だった。役者として次のステージに行くためには、精神的にも肉体的にも苦労や努力をすることは、どうしても必要」と持論を打ち明ける。
「篤姫」で大河ドラマ初出演を果たした2008年から2009年にかけて、永山は連続ドラマ「ラスト・フレンズ」や主演映画『銀色のシーズン』『余命1ヶ月の花嫁』などが立て続けに放送、公開。エランドール賞や報知映画賞、ブルーリボン賞など、ドラマ・映画賞で助演男優賞を総なめにした。
「そういうときの人間が放つものって、特別なものがある。スポットが当たる時期、とも言えるかもしれません。ただそうやってスポットを浴び続けていると、焦げたり、乾いてしまったりすることもある。すると俳優としての鮮度もなくなってしまう。バランスって本当に難しいですよね。そう考えると、いろいろなメディアに出続けることが大事というわけでもない気がしてきて。きちんと自分がエネルギーや愛情を注げるような作品、没頭したいと思うものなど、人生や生活のリズムを守りながら、責任を持って自分のやるべきことを決めていきたい」と誠実な歩みを誓っていた。(取材・文:成田おり枝)
スタイリング:壽村太一 ヘアメイク:七絵