濱口監督、アカデミー賞作品賞ノミネートに「選ぶ側の変化」指摘 『パラサイト』の影響も?
第94回アカデミー賞
現地時間8日に行われた第94回アカデミー賞ノミネーション発表で、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』が4部門にノミネートされ、日本映画として初の作品賞候補になる快挙を成し遂げた。今世界の注目を浴びる濱口監督が、9日に行われたオンライン会見でこの快挙を振り返る中で「選ぶ側の変化」を挙げ、第92回アカデミー賞で韓国映画として史上初の作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』の影響に触れた。
『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の短編小説を西島秀俊主演で映画化。舞台俳優兼演出家の家福悠介(西島)が、ある秘密を残したまま急死した妻の喪失に苦しむなか、一人の女性との出会いをきっかけに新たな一歩を踏み出すさまを描く。本作はカンヌ国際映画祭脚本賞受賞を皮切りに海外でも高い評価を受け、ニューヨーク映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞、全米映画批評家協会賞などアカデミー賞の前哨戦で軒並み作品賞を受賞。その勢いのままにアカデミー賞でも作品賞をはじめ監督賞、脚色賞、国際長編映画賞と主要部門でのノミネートを果たした。日本人のオスカー監督賞ノミネートは、『乱』(1985)の黒澤明監督以来36年ぶりとなる。
濱口監督にとってアカデミー賞は「夢の舞台という感覚」だという。監督賞としてもノミネートされ、スティーヴン・スピルバーグら名だたる顔ぶれと並ぶ心境について「子供のころから華やかな場所としてみていて、その夢の世界と自分がつながっていることがなかなか信じられない。いろいろな映画祭を回っているけど、集まっている面々がとても濃い。そこと自分たちの映画が具体的につながっている。しかも外国映画のために用意された部門ではなく作品賞、監督賞、脚色賞という本戦的な部門でノミネートされたことは、自分の作品であることは置いておいてすごいことだなと。歴史の中に自分がいるんだなということを感じています」と夢心地の心境を打ち明ける。
本作が海外で高い評価を受けることに「選ぶ側が変わってきている」とその背景に触れる濱口監督。具体的な例としてポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』を挙げながら、「普段みるような映画だけではなく別の映画に興味を示してこういう結果が起きていると。その恩恵を受けている感覚はあります。おそらく『パラサイト~』がアカデミー賞をとったときからアジア映画に対しての見方が変わってきている。面白い映画がアジアにもあるということを、アメリカの一般的な観客たちも含めて思っているのではないか。『ドライブ・マイ・カー』が歴史的に優れた作品なのかはわからないけれど、選ぶ側の感覚が変わってきたことが一つ理由になるのではないかと思います」と考えを巡らせた。
記者から東日本大震災、パンデミックから受けた本作への影響について問われると、濱口監督は東日本大震災ののち2年ほど仙台に拠点を移し、酒井耕と共に監督を務めた『なみのおと』(2011)など3本のドキュメンタリー映画を振り返りながら、こう語った。
「自分の身に突然何かが降りかかってきて、昨日まであった家が、家族が失われてしまったりということがある日突然起きる。そのことを今までの人生とどうつなげていいのかわからない感覚は、自分にも起こりうるということはわかりました。そして、それが生きることなのだという実感を得ました。取材に協力してくださった方々が示してくれた復興への意志というものも残っています。それが『ドライブ・マイ・カー』に直接反映されたというよりは、自分の土台になっているのかもしれません。村上春樹さんが特に長編小説の中でよく書かれている、何かが失われた、その失われた状況から戻ってこないんだけど自分の人生を組み立て直そうとする物語。短編小説を長編映画にするあたって、その物語の普遍性みたいなものを強くしていきたいと思っていたので、そのことが普遍性のある映画として受け入れられる結果になったのではないか。アメリカでも続くと思っていた人生が失われてしまうという体験を、多くの方がされたと思います。当事者だけではなく、そういう空気の中で映画を観るということは何か特別な共感を呼んだのかもしれません」
濱口監督が本作を語る際に強調するのが役者の力。先ごろ行われた第95回キネマ旬報ベスト・テン表彰式に出席した際、司会者から米アカデミー賞への意気込みを問われ「賞によって作品が変わるわけではないので自分たちが何ができて、何ができなかったということを自分たちの心に留めておくというのが一番大事なことかなと思います」と話していた。その一幕を受け、本作で得られたことについて改めて問われると「素晴らしい役者さんの演技を収めることができたことに尽きる」と話す。
「どの役者さんにとってもキャリアにとって大事なタイミングでこの役と出会っているんだなという感覚。西島さん、岡田将生さん、三浦透子さん、霧島れいかさんをはじめ海外の方も含めて、今この役を演じるのはとても大事なんだなということを思いながら撮影できたんです。本当にかけがえのない演技というか、繰り返すことができないような演技。同じような素晴らしいことが起きるとしてもそれは全く違うかたちだろうと思うような『一回きりの演技』を収められたような気がしている。自分にとっても、もう一回こんなことできるかなと思うようなレベルのことではあったと思います」
最後に「撮影を終えた時に、役者さんとの出会い、天候などたくさんの幸運に恵まれた」と撮影を振り返ると、「アカデミー賞というのは『こんなところまできてしまった』の極致ではあると思います」と感慨深げ。「そこまで導いてくれたのは役者さんたちの誠実な取り組みと、それを支えたスタッフたち、プロデューサーの仕事の力。それがきちんと多くの方に受け入れられていることをうれしく思います。あとは賞というものは成り行きでしかないので、授賞式の場に行って、この仕事が自分たちにとって大きな成果になったことを喜びたいと思います」と授賞式への思いを語った。(編集部・石井百合子)