坂口健太郎『余命10年』で大事にしたこと 小松菜奈とともに生きたかけがえのない時間
映画『余命10年』で不治の病を患う主人公・茉莉(まつり)を演じた女優の小松菜奈。クランクアップしたあとも、しばらく抜け殻状態が続くほど「この役を生き切った」と振り返る。そんな彼女を恋人役の和人として見守ってきた俳優の坂口健太郎。「命がけ」で役に挑む小松の姿に、日々深い感銘を受けたという。約1年に及んだ撮影期間、全身全霊で役をまっとうした二人にとって本作は、どうやら“宝物”と呼べるほど特別な作品になったようだ。
原作小説の著者である小坂流加さんは作中の茉莉と同様に難病を抱え、2017年に文庫化を待たずしてこの世を去った。多くのファンが待望した映像化で監督を務めたのは、意外にも『宇宙でいちばんあかるい屋根』『ヤクザと家族 The Family』などの藤井道人だった。数万人に一人という難病を患う20歳の茉莉(小松)は、余命が10年であることを知り、生きることに執着することがないよう絶対に恋をしないと固く心に誓う。だが、地元で開かれた同窓会に参加した茉莉は和人(坂口)と出会い、運命も大きく動き出すことになる。
Q:藤井監督は小坂さんのご遺族とお会いされたと聞きましたが、小松さんは役づくりの中でどのような準備をされましたか?
小松:私も撮影が始まる前に小坂家の皆さんとお話させていただきました。流加さんがどのような性格の方だったのか、どんなものに興味があったのか、どんな場所が好きだったのか、藤井監督と一緒に細部にわたってお話を伺いました。その中で聞いたことを藤井監督が脚本に加筆していって、彼女が本当に思っているであろうことが反映された、すごく生きたセリフになったと思います。それだけでなく、私がお芝居しているときにも「茉莉として、もっと言いやすいように変えてもいいよ」と言ってくださったり、一緒に作り上げている感覚もありました。
Q:お二人は茉莉と和人をそれぞれどのように理解し、受け止めましたか?
小松:弱さを人に見せない芯の強い人。自分のことは自分でやる、自立した女性だなと思いました。この物語は、全てが作者自身の身に起こったお話ではないですが、その曖昧さの中に「こうあってほしかった」みたいな気持ちが見えるというか。それがすごくリアルで、脚本を読んだときに、心の痛みとか、生々しさみたいなものが伝わってきました。撮影に入ると、坂口さんが扮する和人との向き合う中で、茉莉として、一人の女性として「生きること」を日々自分に問いかけるような毎日でした。
坂口:僕が演じた和人は、物語が進むにつれて、茉莉のことを知っていくわけです。余命宣告のことも含めて、ひたすら彼女を好きでいること。それだけでこの役は成立するだろうなと脚本を読んで思いました。「『死にたい』って思ってた俺に、生きたいって思わせてくれた茉莉ちゃんのために、俺は生きる」というセリフがあるのですが、これが和人にとっての“肝”だと感じました。そこに別のニュアンスが入ってきたら、純粋なものではなくなってしまう気がしたので、とにかく和人が「ずっと茉莉を好きでいること」、これを一番大事にしていました。
Q:時間の経過を感じさせる茉莉の演技は秀逸でした
小松:泣いたり、笑ったり、怒ったり、茉莉として感情をむき出しにしてお芝居をしていると、壁みたいなものがどんどんなくなって、役との境目がわからなくなってくるんです。そんな撮影が約1年続いたので、茉莉としての時間をちゃんと生きてきたことが、きっと画面にあふれ出ているのだと思います。
坂口:和人は、茉莉と出会ったことによって変わっていくことが、自分の中で大きなテーマでした。思うようにいかず、自ら命を絶とうとしていた和人が、茉莉から「和くんて、ずるい」と言われて、最初は「どういうことなんだろう?」と思ったのですが、余命10年と知らされた彼女から「命の尊さ」を気づかされ、そこから変わっていく。そんな和人の成長感を出すために、目つきや声の音程などを少しずつ変えて、後半はちょっと精悍に見えるようには意識しました。
小松:私自身、1年かけて撮影する作品はほとんどないので、とても贅沢な時間でした。和人や友達とはしゃいだあの夏のキラキラした時間も“思い出”として心に沁みついていたので、悲しい局面を迎えたときに、より切ない気持ちが湧いてくるんですよね。
Q:10年という月日がいろんな物語を生み、重要な役割を果たしますね。
小松:茉莉のセリフに、10年という時間が「長いんだか、短いんだか」というのがあって、まさにその通りですよね。終わりが見えている10年と、未来がある10年では、捉え方も生き方も、180度違います。中学生くらいのときに命について考える授業があって、そのころはあまり深く考えませんでしたが、だんだん年齢を重ねていくと、考え方も変わってきました。家族が病気になるかもしれないし、私自身もどうなるかわからない。それこそ今、コロナ禍でもあったりするので、自分なりに毎日ちゃんと生きなきゃなと思います。
坂口:日々、必死に生きていかなきゃと思いつつ、すべての時間に100%の力を振り絞ることは、なかなか難しいこと。それが10年のスパンで考えたときに、絶妙な時間だなと思います。すごく長くもとれるし、あっという間ともとれる。この作品を観終わったあとは、家族や友人、仕事仲間はもちろんのこと、その日その日に出会った人を大切にしたくなるというか、いつもよりも優しい気持ちになると思います。ただ、体力的にも精神的にも、それを持続することが難しくなるときもあるのが現実。それでも、一瞬のかけらみたいなものでもいいから、本作で人生の見え方が少しだけでも変わってくれたら嬉しいですね。観た人の数だけ琴線の触れ方があると思うので、ちょっと大げさかもしれないけれど、いろんな人に「愛を伝える映画」だと思います。
和人として、茉莉を必死に演じている小松を隣でずっと見てきた坂口は、「まさに彼女は命がけだった」と述懐する。「余命が10年と知らされて、いろんなものを抱えながら、楽しいシーンも撮らなければならないし、和人に伝えなければならないこともあるし、本当に苦しそうだったけれど、茉莉を最後まで生き抜いたんだなと。撮影が終わったあとは、『ちゃんと美味しいもの、食べなよ』って思わず声をかけました」と笑顔で語る坂口。これに対して小松は、「茉莉の日々に合わせて減量もしていて、体力と集中力というのが散漫になった時期も正直あったんですが、そういうときに、坂口さんはいつも隣で優しく見守ってくれて……あの笑顔に本当に救われました」と感謝。二人の愛情に満ちた関係性に、1年かけて紡いだ茉莉と和人の“絆”を垣間見た。(取材・文:坂田正樹)
映画『余命10年』は3月4日より全国公開