広瀬すず、デビュー10年 女優は「一生ゴールない」
2012年に芸能界デビューしてから10年を迎えた女優の広瀬すず(23)。これまで数々の映像作品を重ねてきたが「自分のなかで何か変わるような気がする」と絶大なる信頼を置いているのが、映画『怒り』で作品を共にした李相日監督だ。『怒り』では、これまで経験したことのないような役との向き合い方で、厳しい叱咤激励を受けた。それでも李監督の新作映画『流浪の月』(5月13日公開)で、松坂桃李と共にダブル主演に抜てきされた。「わたしのこと覚えていてくれたんだ」という驚きと共に「嬉しかった」と語った広瀬が、改めて李監督とタッグを組んで感じたこと、女優という仕事についての率直な思いを吐露した。
【インタビュー動画】広瀬すず、自身のキャリアで悩んだことは?
李監督との再タッグ「本当に尊い現場」
2020年の本屋大賞を受賞した凪良ゆうの同名小説を映画化した本作。広瀬は、10歳のときに公園で出会った青年・佐伯文(松坂)と心を通わせながらも、世間からは、少女誘拐事件の被害女児という目で見られてしまう少女・更紗の15年後を演じている。
広瀬といえば、華やかなビジュアルと明るい笑顔というパブリックイメージが先行していたが、2016年公開の『怒り』では、壮絶な悲劇に襲われる少女を熱演し、新たな一面を見せた。広瀬自身も『怒り』の公開以降「辛い役というか、一人では抱えきれないものを、少女ながらに懸命に抱えるという役柄が増えた」と語るように、彼女にとって大きなターニングポイントになった作品と言えるだろう。
そこから6年ーー。再度、李監督の撮影現場に立った広瀬は「今回は(監督から)いろいろと言われることがあまりなく、役者同士が感じ合って、そこから生まれる愛情をお互いが触れるまで待ってくれていました」と変化を述べると「じっと見られているのは正直めちゃくちゃプレッシャーなのですが、気持ちに嘘をつかずに向き合える環境を用意してくださる現場というのは、本当に尊いなと改めて感じました」と特別な時間だったことを強調する。
それでも複雑な思いを持つ更紗という役にしっかり向き合えていたかどうか、確信は持てなかった。「わたしが感じている更紗と李監督が思っている更紗が全然違うときもあって……。更紗の苦しみを感じる瞬間はあったのですが、それでもいろいろなものを見落としながら演じていると思うことがすごく多かった。成長したところを見せたいという気持ちはどこかに飛んでいってしまい、『監督助けて~』という気分でした」。
女優やめる選択肢はない
小手先のテクニックでは到底通用しない李組。これまで作品を重ねたことで、ついてしまった癖もすべてリセットして、まっさらな状態で役を自身に染み込ませる。そんな向き合い方は、過酷な役柄であればあるほど苦しくもある。しかし「(女優業を)辞めようとは思わない」とキッパリ。その理由について「普通に人として生きていきたいなと思うこともあります。でもいろいろ考えても、お芝居をやることが、いまこの世界にわたしがいる意味だと思うので、やっぱり辞めるという選択肢はないのかなと思うんです」と心情を吐露する。
もう一つ、ゴールがないことも芝居を続けていく大きな理由となっているようだ。「勝った負けたがない仕事だし、一生ゴールがない感じ。『これができたら終わり』というのも、人が決めることはあっても、自分のなかではない。正直先輩たちはどこで折り合いをつけているんだろうと客観的に見ている自分もいたりするのですが、個人的には『やり切った』とか『もう満足』ということが一生ないような気がします(笑)」。
作品を重ねても必ず「悔しい」という気持ちは生まれる。さらに作品が変わればすべてがゼロからになる。物理的に慣れることはあっても、常に新鮮な気持ちでいられることは、広瀬いわく「すごく刺激的」だという。
デビューから10年「こだわり消えた」
デビューしてしばらく重荷になっていたというパブリックイメージとのギャップも、現在はうまく付き合えるようになってきているという。「求められていることをするのがお仕事だと思うので、10代は“前向きでポジティブ”みたいなイメージを守ることが多かったのですが、自分でも違和感を抱くこともたくさんありました」と振り返る。
そのことでストレスも感じ、悩みも多かったことから、本来の自分を出そうと思ったこともあったという広瀬。しかし俳優が素の自分を知ってもらう必要があるのかという疑問を持ったとき、「(本当の自分と世間からのイメージとの)ギャップとか、見られ方に対してのこだわりはふいに消えていきました」という。
そんな広瀬も気がつけばデビューから10年という歳月が流れた。「結構周囲から言われるのですが、自分的にはあまり大きなことだとは思っていなかったんです」と率直な胸の内を明かすと、「でも現場に年下の役者さんが増えてきて、ちゃんとしなければ……と思うことが多くなりました。本当は甘えられる一番下がいいし、ずっとヘラヘラしていたかったんですけれどね」といたずらっぽく笑っていた。(取材・文:磯部正和)