ロマン・ポランスキー「現代にも通じる問題」論争を呼んだ最新作で歴史的冤罪事件を描いた理由
ロマン・ポランスキー監督の最新作となる映画『オフィサー・アンド・スパイ』が6月3日より劇場公開。19世紀末に世界を騒然とさせた冤罪事件を描いた本作に対する思いをポランスキー監督が明かした。
ロマン・ポランスキー監督『オフィサー・アンド・スパイ』予告編【動画】
映画『ローズマリーの赤ちゃん』『チャイナタウン』『戦場のピアニスト』などを手掛けてきたポランスキー監督は現在、88歳。クリント・イーストウッドやリドリー・スコットなどと並んで80歳をこえても現役で活躍する一人だが、その人生は壮絶なことでも知られる。ユダヤ人として強制収容所で親を失い、自身も逃亡生活を送った。監督として人気絶頂の1969年には、当時妊娠中だった妻で俳優のシャロン・テートがマンソン・ファミリーに殺害されるという悲劇にも見舞われ、そのことがクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で再びスポットを浴びたことは記憶に新しい。
また、1977年には少女への淫行でアメリカの裁判所から有罪判決を受け、仮釈放中にヨーロッパへ脱出。その後も複数の女性が性的被害を受けたと名乗り出て、今もアメリカ当局はポランスキーの身柄引き渡しを求めている。そうしたポランスキーの過去が再び物議を醸すなか、本作はフランスで公開された。観客動員は100万人を超えるヒットを記録し、セザール賞では12ノミネート、3部門で受賞(監督賞、脚色賞、衣装デザイン賞)を果たした。そうした作品の評価の一方で、授賞式では俳優のアデル・エネル(『燃ゆる女の肖像』ほか)などが抗議のため退場する一幕もあるなど、改めて論争を巻き起こした問題作でもあり、今なお議論の渦中にある。
自身もスキャンダルの渦中にあるポランスキーが手掛けた新作が描くのは、歴史的な冤罪(えんざい)事件として知られるドレフュス事件だ。1894年のフランス、ドレフュス大尉(ルイ・ガレル)は、ドイツに軍事機密を漏えいした容疑で終身刑を言い渡される。あるとき、軍の情報部門を率いるピカール中佐(ジャン・デュジャルダン)は、ドレフュスの無実を示す証拠を発見するが、その事実を隠蔽(いんぺい)しようとする上層部によって左遷されてしまい、作家のエミール・ゾラらに助けを求めるが……。ロバート・ハリスの小説が原作となっている。
Q:ドレフュス事件を映画化したいと思ったきっかけ
大事件を元にした優れた映画は多くありますが、ドレフュス事件は傑出した物語性があると思います。“冤罪をかけられた男”というのは話として魅力がありますし、反ユダヤの動きが活発化している現代にも通じる問題です。まだ若かった頃、エミール・ゾラの半生を描いたアメリカ映画でドレフュス大尉が失脚するシーンを見て、打ち震えました。その時、いつかこの忌まわしい事件を映画化すると自分に言い聞かせました。
Q:このテーマを映画化するといったときの周囲の反応は?
ドレフュス事件について取り上げるというと、誰もが好意的な反応でした。しかし、実際にどんな事件なのか知っている人は、少ないことが分かってきました。実体が知られないままに、みんなが知っていると思ってしまっている歴史上の出来事のひとつです。(制作については)7年前に企画を話した時、アメリカの支援を受けるには英語での制作が必須と言われました。でも、フランスの軍人たちが揃って英語を話す姿は想像できません。リアルさを再現するためにフランス語でこの映画を作りたかったんです。それから、2018年にプロデューサーからフランス語での制作を打診され、ついに撮影をスタートすることができました。
Q:キャスティングについて
ジャン・デュジャルダンは対敵情報活動を率いるジョルジュ・ピカール役にぴったりだと思いました。ピカールにそっくりだし、年齢も同じで、素晴らしい俳優です。映画にはスターが必要で、アカデミー俳優のデュジャルダンは適任です。彼を選んだのは当然の流れで、彼は喜んで引き受けてくれました。ピカールは自分の信念に従い、軍の考えに服従するより真実を知ること選びました。ドレフュスがスパイとされたことに疑念を持ち、ピカールは軍の制止を振り切り捜査を続け、真犯人を示す証拠を見つけるのですが、核心に迫るほど、軍の過ちがもたらした問題の渦中に自分がいることを畏れるようになります。
Q:反ユダヤ感情は消滅したのではなく、変容し、別の顔を持ち現在も続いています。今日における新しいドレフュス事件は起こりえると思いますか?
現代のテクノロジーでは筆跡鑑定の不備で有罪になるようなケースはありえないでしょう。昔は軍隊が無限の権力を持っていましたが、もはや神聖な存在なんてありえません。今日の私たちは軍隊を含め全てに対して批判することを許されています。しかし、別の事件が起こる可能性は十分あります。冤罪、ひどい裁判、腐敗した裁判官、そして、ソーシャルメディア。事件が起こりうる要素はすでに揃っています。
Q:この映画について
私にとってこの映画はスリラーです。ピカールの主観的な視点で語られている。観客は彼とともに捜査を進めている感覚になります。また、重要な出来事やセリフの多くは、当時の記録から事実を忠実に描いています。
Q:この映画はあなたにとってカタルシスのようなものだったのでしょうか?
いや、そんなことはありません。私の作品はセラピーではないです。ただこの映画で描かれている迫害の多くを知っているのは認めざるを得ないし、それが僕を奮い立たせたのは事実です。