『ベイビー・ブローカー』ソン・ガンホ、是枝裕和とタッグで驚いたことは?
第75回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞およびキリスト教関連の国際映画組織の審査員が選ぶ「エキュメニカル審査員賞」を受賞した是枝裕和監督の最新作『ベイビー・ブローカー』が公開を迎え、主演を務めたソン・ガンホが来日。是枝監督の現場で驚いたことや、ハリウッドからのオファーについて語った。
是枝監督の現場は大きな驚き
本作は、映画『万引き家族』などの是枝監督が初めて韓国でメガホンを取ったヒューマンドラマ。「赤ちゃんポスト」に預けられた赤ん坊をめぐり、出産した母親、子供を欲しがる相手に赤ん坊を売ろうとするブローカー、違法行為を摘発しようとする刑事らの視点で描かれる。ガンホは古びたクリーニング屋を営みながら、裏で赤ん坊を売りさばくブローカーのサンヒョンを演じている。
是枝監督は、海外の映画祭を通じてガンホと交流を図り、「いつか一緒に映画を」という思いが今回実現したと話していた。そんな是枝監督の現場について、ガンホは「驚いたのは、映画を作っていくなかで、絶えず俳優とコミュニケーションをとりながら、自由な状態で演技ができる環境を作り出してくださることでした」と最も印象に残ったことを挙げる。
「これまで監督の作品を観ていると、自由な雰囲気のなかにも、ディテールや精巧さが見える演出になっていて、それが印象的でした。今回もシナリオの段階から精巧に作り込まれた完璧な状態のテキストで準備に取り掛かって始まるのだろうと思っていたのです。でも撮影現場では、限りなく自由な環境を与えてくださったので、スタッフ、キャスト共に、自分自身のクリエイティビティーを存分に発揮できました。これは大きな驚きであり新鮮なことでした」と経験豊富な彼をしても、是枝監督の演出は経験したことがないようなものだったという。
さらにガンホは、これまでの是枝監督の作品の特徴について「決して物事を誇張するのではなく、冷静沈着にいまわたしたちが生きている社会の現実を凝視している」と語ると、本作についても「ブローカーを題材にした小さな話にとどまっているのではなく、物語を通じて、わたしたちが生きているこの社会のなかで、疎外されている人々や日陰のなかにいて見過ごされてしまったりしている人たちに視線を向けているんです」と物語の解釈を述べていた。
ハリウッドスタイルの映画作りは「あまり関心がない」
本作で、ガンホは第75回カンヌ国際映画祭の最優秀男優賞を受賞した。是枝監督は受賞について「俳優が評価されることが一番嬉しい」と述べていたが、ガンホは「最高の映画祭に作品が出品され、それが評価されるということは大きな喜びでもあり、光栄なこと。そして大きな意味があることです」と前置きしつつも、「俳優という職業を超えてすべての芸術家に言えることですが、活動する大きな理由は目標を達成すること。映画人にとっての目標達成とは、観客と作品を通じて意思疎通できることなんです。賞をとることが絶対的な評価基準ではないんです」と持論を展開する。
とは言いつつも、2019年の主演作『パラサイト 半地下の家族』は、第72回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、第92回アカデミー賞においても、作品賞をはじめ、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4部門で受賞するなど、世界中から注目を浴びる俳優であることは間違いない。
ガンホは「海外からのオファーというのは、例えばハリウッド映画からも多く頂いてきました。でもいわゆるハリウッドスタイルの映画作りに僕はあまり関心がないんです」と述べると、「僕が最高の演技を作り出せる環境というのが、言葉の問題だけではなく、ハリウッドの映画作りという点において、合致するとは思えなかった。だからこれまではお断りしていたんです」と語る。
一方で是枝監督は、ガンホに「最高の演技」を想像できる環境を与えた。その点に置いて是枝監督との出会いはガンホにとって大きかったようだ。「日本のクリエイターの方々にもご一緒したい方はたくさんいますので、オファーは大歓迎です」と笑顔で語った。
また「是枝監督のスタイルは素晴らしかったですが、全く正反対であっても、型にとらわれない映画作りをされている方の現場であれば、いつでもご一緒したい気持ちはあるんです」と間口は広く好奇心旺盛に映画作りには参加したいという意志を明かしていた。
さらにガンホは今年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したパク・チャヌク監督の『別れる決心(原題)』に触れ、「この映画の主演女優は中国人のタン・ウェイさんなのですが、カンヌでも韓国でも非常に好評を博して脚光を浴びています。こういった形のコラボレーションは、大変なことはあるかもしれませんが、すごく意義があると感じています」と“海外進出”というキーワードにもいろいろな意味があることを強調していた。(取材・文:磯部正和)