是枝裕和、コロナ禍で韓国ドラマにハマった理由
第75回カンヌ国際映画祭で主演のソン・ガンホが男優賞を受賞した是枝裕和監督の最新作『ベイビー・ブローカー』(6月24日公開)。ソン・ガンホをはじめ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナら韓国映画界の名優たちが顔をそろえた自身初となる韓国製作の映画だ。「愛の不時着」「梨泰院クラス」など韓国ドラマを数多く観ていたという是枝監督が、本作のキャスティング秘話や、韓国ドラマの魅力、さらには日韓の映画製作の特徴などを語った。
企画から映画化まで
これまで『万引き家族』をはじめ、さまざまな家族の形を描いてきた是枝監督が、2013年に公開された『そして父になる』の製作過程で強い興味を持ったという“赤ちゃんポスト”“養子縁組”というキーワード。そこからさらなるリサーチを重ね、書き上げた短いプロットから本企画が一気に動き出したという。
「ちょうど2016年に今回の映画の基になる短いプロットができて、それをペ・ドゥナさんに読んでもらったんです。そこから、いろいろなことが具体的になっていったような気がします」
もともと『空気人形』でタッグを組んだペ・ドゥナをはじめ、カンヌ国際映画祭や釜山国際映画祭で交流があったソン・ガンホやカン・ドンウォンとは「いつか映画を一緒に撮りたい」と話していた間柄だった。
そんななか、是枝監督が興味を持った“赤ちゃんポスト”という仕組みは、韓国でも“ベイビー・ボックス”という名称で存在し、しかも利用件数は日本よりもはるかに多いという事実にたどり着く。舞台を韓国にすること、ソン・ガンホら韓国の名優らとの仕事という二つが結びつき、本作の脚本が完成した。
韓国ドラマを観てキャスティング
“ベイビー・ボックス”に置かれた赤ちゃんを売りさばくブローカーのサンヒョンを演じたソン・ガンホ、サンヒョンとコンビを組むブローカーのドンス役のカン・ドンウォン、彼らを追う刑事スジンにふんしたペ・ドゥナは、是枝監督が役者をイメージして書いたキャラクターたち。
そしてもう一人、本作で重要な役割を担うのが、子供をベイビー・ボックスに預けるソヨンという女性。製作過程のなかで、いろいろなキャストが候補に名を連ねたというが、IUのアーティスト名で活躍するシンガー・ソングライターのイ・ジウンがその役の座についた。是枝監督は「『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』に出演していたイ・ジウンのお芝居を観て、とても印象に残っていたので、彼女の名前を推薦したんです」とキャスティングの経緯を述べる。
イ・ジウンのキャスティング理由となった「マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~」をはじめ、「愛の不時着」「梨泰院クラス」「椿の花咲く頃」などの韓国ドラマを「もともとは役者を探そうと思っていたわけではなく」観ていた是枝監督。作品を観続けているうちに、俳優たちのポテンシャルの高さに魅了されたという。イ・ジウンのほか、「梨泰院クラス」に出演していたイ・ジュヨンなども、是枝監督が推薦したキャスティングだったそうだ。
俳優たちの魅力が、物語を推し進めているところに韓国ドラマの強さがあるという。「たくさん作品を観ましたが、すべてが面白いわけではないですよ。でも画として映っているものが強いから一気に観ちゃう。『イカゲーム』とかも、いろいろな(似た)作品を思い浮かべてしまうけれど、やっぱり俳優さんが魅力なんですよね」としみじみ語っていた。
「もちろん言葉の壁という問題は置いておくならば、日本のトップの俳優が世界で通用しないかといえば、まったくそんなことはないと思います。ただ、韓国は映画産業が若く、中心は30代で、俳優さんもしっかり訓練されている人が多い。さらに優れたクリエイターが、みな映画を目指すという特有の状況もあると思います」
韓国の映画撮影事情
一方で、是枝監督は「いままで自分の映画のなかで、演劇的な訓練をされてこなかった人たちや子供たちが輝く瞬間もたくさん撮ってきたし、そうしたいと思っている部分もある」と自身の演出を振り返り、「訓練されている人」だけが良いかというと、そうでもないという認識もある。「『真実』に出演してくださったジュリエット・ビノシュさんは演劇的な素養を持った方でしたが、カトリーヌ・ドヌーヴさんはまったくそういうところがない人。でも、どちらも素晴らしい」とその魅力に甲乙がつけられないことも強調する。
また韓国での映画製作を経験して感じたことも多々あったという。「韓国の映画業界の人たちの多くが、アメリカで映画を学んでいるので、アメリカ式を導入している。一例を挙げれば、明確に予算化するために必要なのかもしれませんが、絵コンテやストーリーボードがないと進まない。日本でもCM撮影などはそうですが、映画の現場ではなかなかない」と日韓の違いを述べる。
「あとは、お金の問題が絡んでくることなのですが、今回のメインの4人は、この映画の撮影中はほかの作品はやらない契約になっていました。作品に専念してもらえるので、例えばですが、髪を切ったり、太ったり痩せたりという役づくりに支障がない。これって当たり前のようで日本では当たり前じゃないんです。なかなか他の仕事をしないでくださいというほどのお金が出せないじゃないですか」と説明した。
本作では、子供を育てられない母親、子供を欲しがる人たちに赤ん坊を売りさばくブローカー、それを見つめる刑事と、さまざまな視点から「子供を持つ」ということが描かれる。
「登場人物の誰の目線で物語を観るかによって解釈が変わります。おそらく最初にペ・ドゥナさん演じる刑事スジンの『捨てるなら産むなよ』という視点から入る人が多いのかなと思うんです。そこから不可思議な旅を通じて、彼女の目線がどう変わっていくのか、そこは脚本段階から丁寧に描こうという意識はありました」
カンヌでは男優賞のほか、キリスト教関連の国際映画組織の審査員が選ぶ「エキュメニカル審査員賞」も受賞した本作が、まもなく日本でも公開となる。(取材・文・撮影:磯部正和)