さかなクン役、性別を超えたキャスティングの理由
お魚への熱烈な愛情に裏打ちされた豊富な知識とユーモラスなキャラクターで人気のさかなクンの半生を、のん主演で映画化した『さかなのこ』(9月1日公開)。本作のメガホンをとった沖田修一監督が、のんをさかなクン役にキャスティングした理由を語った。
さかなクンの半生をつづった自伝「さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~」を原作に、フィクションを織り交ぜて大胆にアレンジした本作は、幼いころからお魚に夢中だったミー坊(さかなクンの当時の愛称)が、厳しい現実と向き合いながら自身の歩むべき道を模索していく物語。映画『南極料理人』『子供はわかってあげない』などの沖田監督がメガホンをとり、共演に柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗、岡山天音、三宅弘城、井川遥らが名を連ねる。
主人公・ミー坊を、のんが演じるという性別を超えたキャスティングが話題となった本作。本作の冒頭でも「男か女かはどっちでもいい」というキャッチコピーが映し出されるが、これは映画をつくるうえでスタッフ、キャストの共通認識として掲げたものだったという。沖田監督は「その言葉を筆で書いて壁に貼っておいたんです。のんさんはもちろんのこと、他の俳優さんはどういう気分で演じればいいのか、というところもあったので。その標語をテーマに、ミー坊と接していただくようにしました」と振り返る。
男性でのキャスティングも考えたというが、「でも、のんさんが演じる方がワクワクしたんです」という沖田監督。「中性的な魅力もある、のんさんならこの役にも違和感なく、不思議とすんなり入っていける気がしましたし、さかなクンの女の子版を作るというのも違う気がしたので。さかなクンの何を映画にするのか、と考えた時に、“性別は重要ではない”というドラマを作れないかと思った」と意図を語る。
本作では、高校生から大人までをのんが演じ分けているが、外見の変化は最小限にとどめられている(幼少期は西村瑞季が演じた)。沖田監督によると、本作のテーマは「時代が変わってもミー坊は変わらないこと」だそうで、「大人になってからは話し方を少し変えたり、ゆっくり喋るようにしたりと微妙に変えてはいるんですが、でも基本的にはあまり変わっていないと思います。老けメイクみたいなこともしていないですし」と明かす通り、のんの変わらない姿が、ミー坊が一途に「好きなこと」を貫き通すさまにシンクロ。それゆえに「お魚が好き」という思いがビビッドに伝わってくる。
子どものように天真爛漫で好きなことに一直線で、周囲の人間をいつのまにか幸せにする不思議な魅力にあふれたミー坊だが、のん自身のキラキラと光り輝く瞳が、その役柄に説得力を与えている。「のんさんの瞳に吸い込まれそうになる時がある。だからどんなシーンでも何かピュアに映るというか。すごく主人公が似合う人だなと思うんですよね」という沖田監督は、「だからあのキラキラした感じと、さかなクンのピュアな感じというのは、どこか重なるものがあるのかもしれない」と指摘。のんは今年2月に監督・主演作『Ribbon』が公開されるなど多岐にわたって活躍しているが、「のんさんご自身もクリエーターですからね。子どもみたいに好きなことに入り込むというのは、それだけ集中力があるんでしょうね」とも感じたという。
「好きなものは好き」という思いを貫き通し、周囲にも影響を与えるミー坊の姿は、周りの目を気にして好きなものを好きと言いづらい現代社会でまぶしく映る。「最初からそれを映画にしたいと思っていました」という沖田監督は、「自分も思い当たる節もありますけど、いつもそのことばっかり考えていたり、何かにすごく夢中になったりしたりとか。そういうことが案外、人生を決める原動力になっていたりすると思うんです」と、ミー坊に自身を重ねる。そして、映画を通じてさかなクンの魅力を「さかなクンは、好きだという思いを隠さない。むしろそれだけを放出してるような人。テレビで見ていてもそうだなと思っていましたし、実際に会っても本当にそういう方だった」と再確認したそう。「だからこそ、好きという力だけで生きていける人の話を考えたんです。ただ何かが好きで、それだけで生きていけるというのはうらやましいことだなと思います」と、さかなクン(=ミー坊)の生き方に感じ入ることも多かったようだ。(取材・文:壬生智裕)